カテゴリー: WEBネタ

よかった〜

ホントこれな。

アンテナを見捨てRSSリーダーやっと導入。最近更新している理由。

日中スタジオに籠もりっきりで非常に時間があったので、昔のアンテナを見直してRSSリーダーを導入した。
以前、「feedly」を使いかけていたんだけど何故かiPhoneで機能しなかったので、今回は「inoreader」を。ブラウザでもアプリでも今のところ問題なく使えている。

さて、数年ぶりにはてなアンテナにはいっていたサイトを片っ端から見直してみたけど、まぁ半分以上はなくなってましたね。もしくは最終更新日がずっと前とか。残念。そんな中で自分、良くやってるじゃんと褒めたい気持ちです。

なんで最近こんなに更新しているかってと、ひとえにinstagramのおかげ。インスタで読書記録や映画感想をアップし、自分の検索用にオリジナルのタグを付けています(インスタもタグ一覧表示が時系列じゃないので、自分で検索する時以外にはあまり役に立たないのだけど)。後で細部を修正しながら、WORDPRESSにコピペしつつアップ。画像は変えることがほとんど。

何故かインスタだと更新のモチベーションがぐんと上がるのです。なんでだろう。写真必須だから?それはブログ記事でも一緒だしね。すぐに「いいね!」がつくから?そんな意識はないけども、きっとそうなんだろう。うわーだとしたら、なんだかイヤらしい理由。

まぁいいです。これだけSNS全盛の時に、ブログを更新できる方法を見つけたのだから。ちょっと前にやってた、インスタをそのまま貼り込む方法はやめました。読みにくいし、外部に頼ってWORDPRESSのアーカイブにリスクが及ぶのも何だか気持ちが悪いし。インスタから少し書き直すのも、それはそれで気持ち良い作業だったりします。

さていつまで続くかな〜。

PKOと「駆けつけ警護」について。session-22より

2016年11月3日放送、TBSラジオ「session-22」
伊勢崎賢治×木村草太×荻上チキ「新たな任務『駆けつけ警護』を検討、南スーダンでの自衛隊のPKO活動を考える」よりメモ書きです。
全然知らなかったこともあって、驚きました。

※以下はブログ主によるメモです。細かい語彙やまとめ方などで間違いや誤解を招く恐れがあるのでくれぐれもご注意ください。↑が削除されたら再度検索してアーカイブを聞いていただくことをお勧めします。

●「駆けつけ警護」を表す言葉はない。

●PKOに参加するということは国連の指揮下に入ること。日本から命令できる訳ではない。日本政府の言う、PKOで自衛隊が海外NGOの邦人を救うなんて考え方はありえないし、不謹慎。他国人でも国連の命令で日本人を助けなければいけないし。そもそも自衛隊は私設軍隊のためにその任を負えない。

目的は一つ、地域の住民を守ること。そもそも自衛隊は歩兵の役割を負うことはないのだが、問題は敵が向こうから来た場合。スーダンの場合であれば、例えば自衛隊の管理する場所に反大統領派が逃げ込むとする。それを大統領側の軍が一般住民を偽装して襲ってくる。住民を守るためなら戦闘しなければならない。そこで何か間違いが(一般住民を殺害など)あった場合の責任の方法が問われる。自衛隊は軍法がないので責任が取れない。

●戦争上で間違いがあった場合(戦争過失)、「軍法」で裁かれその国が責任を負う。軍には軍法が必要。自衛隊にはない。

●国連軍に軍法はない。国連が未だ世界政府と認められていないため。

●軍法のないPKOは、何かあった場合に各国の軍法で責任を取るようになっている。自衛隊は軍法がないので個人責任になってしまう。こういう軍は国連にとってもお荷物。

●PKOは多国籍軍なのでどうしてもモチベーションの問題が生じる。そのような中でどうして自衛隊のような「使いにくい」軍を入れるのかといえば日本ならODAがあるということ。だったらODAだけでイイじゃん、となるがそれは建前上すべての国に均等負担してもらいたい。

●国連はルワンダがあってから紛争へ当事者として参加するというように方向性を変えた。PKOに参加するというのは紛争の当事者になるということ。そこに自衛隊を派遣するのはそもそも憲法違反。

●国連のオペレーションは先進国の軍参加を前提としていない。基本的に派兵として参加するのは外貨の欲しい途上国か、自身に関係のある周辺国。先進国は実際に参加していないし、アメリカは文民警察を派遣して軍は派遣していない。軍参加以外にもPKO参加の方法は多々あり、先進国はそのような参加の仕方を採っている。

●このように誰も望んでいない自衛隊のPKO参加を何故日本政府が進めるのか。それは9条改憲のため。PKO中に自衛隊が望まれた動きができない場合「それは9条のせいだ」という流れを狙っている。自民党はずっとこれが悲願だったが、自衛隊はことごとくその期待を裏切ってきた。世界一勤勉で優秀で自己完結度の高い自衛隊は、この30年間一度も発砲していない。よその軍であればかならず発砲もするし摩擦も問題も起こす。自衛隊だったから問題も起きず「9条の縛りのせいで」という論法が使えなかった。

Twitter、Facebookのマナー

結局誰かが書かないといけないことなんだろうから、自分が書きます。大いなる自戒を込めて。

TwitterとFacebookをやるにあたっての「マナー」だと、自分が思っていること。本当はわざわざ書くようなことじゃない、とずぅーーーっと思っていたこと。

 

●お店や食事の写真をアップする時は、店名を必ず添える。

見る相手の気持ちになってみれば分かる筈。これはどこの食事なんだろう?絶対聞きたくなる。で、聞く→答える→もしくは答えない。そのやり取り必要?
「知っている人にだけ伝われば良いから…」と思ってる?であれば鍵付きでその「知っている人」だけに向けて発信しよう。そうじゃないことをやっているなら、他大勢の人のことも、ある程度は考えよう。その大勢の中には(お店の名前を知らない)大切な友人も沢山含まれているかもよ。

つまり→店名や場所を載せられないなら、その旨書きましょう。「場所はちょっと内緒」とか。
そうでなければ、写真をアップしない。

 

●理由や対象をはっきりさせず、ネガティブなことは書かない。

見る相手の気持ちになってみれば分かる筈。たとえば「すこしイヤなことがあって、ちょっと食欲ないんです…」と書いたとしましょうか。それを見た友達は

「私が昨日会った時に何かマズイことを言ったのかしら。」
「おとといの私のTweetを、何か違う風に捉えて気分を害してるのかな?」
「いや、一週間前に一緒に食事に行った時、あんな事言ったから気にしてるの?」
「いやいや、一年前にメールでやり取りしたあの事件を、最近のアレで思い出したんだきっと…」

これだけ無限大に広がる妄想のモロモロを、Tweetを見たあなたの友達が全員感じている、と想像してください。それでも気にせず、「好きなこと書いて何が悪いの?私はTwitterをハケ口に使いたいんだから!」と言えますか?

せめて→ネガティブなことを書くなら、読んでいる知り合いが「自分のことが原因ではない」と分かるようなヒントを添えましょう。

 

●書いていないことを、公開の場で訊かない。

そこに書いていないのであれば、書かない理由がある。理由は人それぞれ。表向きに書いていないことを訊きたいんだったら、DMやメッセージで訊こう。
(たまに、わざと書かずに「訊いてね」的なスタンスの人もいますが、そうゆう人は知らん。そのやりとり必要?)

 

●SNSをやっていない人に、「あなたのことが「●●●●」って書かれていたよ」とは言わない。

やっていない人にとっては、どう 書かれていたかも、どのように捉えられているかも、結局分からない。これは実際の文章の内容だけの話ではない。前後の文脈、何を受けて書いているか、それ に対してどういう反応があったか、まで含めてやっと、「SNSの中で自分がどういう風に書かれていたのか」のニュアンスが分かります。
悪い事であれば言わないのはもちろん当然として(報せることで何か被害を食い止められるなら別)、たとえ良いことであっても、本人の望む内容で褒められているかどうかは分からないから、結局相手は不安になる。(勘違いで褒められることのなんと多いことか)
つまり→SNSをやっていない人にとっては、そんなこと言われても、不安しか残らないのである。あなたにそんな権利があるのか?
(SNSを一切やっていない妻や友人を参考に書きました)

 

 

身近な人がSNS

相方はTwitterもFacebookもやっていません。会社の人もほぼやっていないか、やってても自分とは無関係でいます。というか無視してくれとお願いしています。
以下はその理由として話したこと。

例えば何かの話題を話す時に、それを以前にTwitterやFacebookで書いてることってママある訳ですよ。でもまぁ、流れによっては、そのまま一部を。もしくはすべて同じことを、話す。

そうすると相手は

●「それ、昨日Facebookで書いてたアレだよね」と付け加えるか
●まるで初めて聞くような素振りで、黙って聞いているか

どっちかの対応になると思うんですけど、
これどっちもイヤだよね。ということなんです。
年輩で目上の人が、明らかに以前と同じことを何回目かに話している。それを聞いた時の対応と少し似てる訳ですよ。どちらもあまり、気分は良くない。

だから毎日多く会話を交わす人とは、SNSでは極力無関係でいたいんです。他にもいくつかまぁ、細かい理由はあれど、ですね。

そゆことです。

 
 

SNSに

義務感を感じることはやめよう。書かなきゃ、と思うのは明らかに間違いだからやめよう。書くのは自分が書きたいと思うのだから書くのであって、他の誰に強制されたことでもない。書く義務はない。

SNSについて

TwitterとFacebook。特にFacebookなどは仕事の絡みという言い訳もあり、どんどん時間を侵食する。これはアカンと思い会社のMacから完全にブックマークを外した。

アカウントを消すかと言えば、功罪あるけども功績がまさっているかなぁ、という印象。だからそこまではできないんだろうな、自分。

うーん。どこかの広告代理店の方が書いてた「Facebookやめよーぜ!」記事にあったけども、なんか嫉み的なイヤーな感情をしょっちゅう呼び起こすんだよね。「あー楽しそうでいいわね〜」みたいな』(笑)。これがもう最悪。やめたい気持ちも結構大きい。Twitterと違ってこっちを止めるのは色々と難アリだが。
結局付きあい方を変えるしかないんだな、きっと。

  

「鼓楼のある村 ートン族・増衝村の人々ー」

Facebookで観た動画。歌も素晴らしいがその光景たるや!!問答無用で魅かれます。
住まいや暮らしの圧倒的な魅力によって「あれ?俺ってここに生まれるんじゃなかったっけ?」と思ってしまうことってないですか?
そう思っちゃうのは人によって欧州だったり豪州だったりアジアだったり色々あると思うんですが、自分の場合中国の地方でがつん!とそう思わされることがあって。この増衝村もそうだった。いや日本人の多くがそう思うのかも知れませんけどね。
「何で自分は今の日本に生まれたんだろう」と不思議に思っちゃうんです。自分はこの映像の中にいた方がずっとしっくりくる気がして。
まぁこういう妄想が、外国の映像観たり海外旅行したりする時の一番の楽しみなんですけども。

以前同じ感情を強烈に揺さぶられたのが、中国の「鳳凰」でした。いつか必ず行きたい。大好きな番組『世界ふれあい街あるき』より。

えらい安くなっていたので、DVDだけどぽちっとしました。ブルーレイ出たらまた買う!

   

Facebookごにょごにょ

●友達リクエストが笑っちゃう。
メルアドを探知して、勝手に「あなたのお友達ではありませんか?」とページTOPに常に紹介されてしまうのだけど、お互い仕事などで微妙な関係にある場合は恐らくどちらも(リクエスト送らないとまずいかな…でも面倒だなぁ…)と様子を窺っている。
続きを読む

日記:2012年1月3日

明けましておめでとうございます。
WEB日記をアップしはじめてから、はや12年ということになるのでしょうか。「LOG」メニューから過去のエントリに飛べます。ブログ形式になった時に殆ど削除しましたが、いくつかは残しました。

とにかく続けようと当初から思っていたので、どのような形であろうとなくなってないことが嬉しい。ちょっと褒めてあげるぞ俺。しかも日記猿人時代のお知り合いだってまだ数人TwitterやFacebookで繋がってるんです。すごいよ!プロになった旧セガミ・現:三上延氏なんてラノベの新シリーズ『ビブリア古書堂の事件手帖』がブレイクして『本の雑誌』の「本の雑誌が選ぶ2011年度文庫ベスト10」の第1位を獲得したり『王様のブランチ』出たりでえらいことですよ。彼のサイトのリンクページは未だ当時のママで、もはやズボラを通り越して香ばしい資料になっていて笑えます。
続きを読む

FB

Facebookについて、キラ☆キラで小島慶子アナが「あの『いいね!』ってあるでしょ。あれをね、一度でも押しちゃうと、もう他のすべてに「何故これは押さないのか」的な理由が必要になっちゃう気がして。そんなこと考えたらもう一つも押せなくなったちゃったのね。それでやめちゃった」みたいなことを言ってたんだけど。

まったくまったく同感です。

仕事に少しでも活かせるかと思ってFacebookに復活しましたけど、ファーストインプレッションは「キモっ」。まぁ書いてるとまたキリなくなるから書かないけど。例えばあの「友達リクエスト」ってむちゃくちゃ断りにくくないか?でもすごい機能がいっぱいいっぱい備わっているので、それを試しているのは楽しいです。同じこと思っている人、きっと多いと思う。