カテゴリー: 本・雑誌

鈴木るみこ『フランスの椅子』

鈴木るみこ『フランスの椅子』(四月と十月文庫)読了。

盟友である牧野伊三夫氏が本書を完成させるまでの気持ちを、あとがき「るみちゃんへ」に綴っている。
筆者の訃報は本当にショックだった。

『クウネル』が大好きだった。他の大勢の人と同じく「自分のための雑誌が出た」と思った。そのうち「鈴木るみこ」さんの書く記事が特に好きだということに気付いた。

本書を読んで自分の『クウネル』棚を見返した人は多いだろうと思う。自分もそうだ。「anan増刷」の0号から1冊も欠かさず家にある。

この0号の最初の特集は「ロンドン郊外・オルニー村のパンケーキの日」という鈴木さんの署名記事で、読み返すとまさにこういう雑誌を出しますよ、という宣言のような記事になっていた。そう、この感じ。まだまだ雑誌隆盛の時代とは言え、ブランドもファッションも物欲も知識マウントとも無縁なこんな記事、こんなに気持ちいい記事は未体験だった。夢中になった。

「あの」名作記事たちを書いた方が、普段どのようなことを考え、大切にし、生きていったのか、本書の端々から感じられる。「編集者・筆者」ではない、鈴木るみこさんを初めて知ったように思う。

最後を知っているから、だから読み終わるのが悲しくて、しばらく置いたままだったが、読後感も素晴らしい。彼女の文章のファンとして、心から御礼を言いたいです。
ありがとうございました。

アトロク『NHKドキュメント72時間』特集


予告から楽しみにしていて…やっぱりの神回でした。
まず、制作者が決めている3つのルールというのがあって、これが初めて知る内容で、なるほど〜ってなった。

取り上げられる回はほとんど観ていて、分かる〜!それ〜!の連発だったし、観ていない回がめちゃくちゃ気になる。

●埼玉の盆栽の町の回(バレリーナの暗殺者の町って話に爆笑)
●小石川の植物園の回

この2つはすぐに観たい。

↑これはBRUTUS「NHKのつくりかた」号に2P掲載されていた、とある回の取材ドキュメント再掲。ドキュメントのドキュメント。スタッフの葛藤も語られていてファンは必読です。

今度自分の『72時間』ベストを選ぼう!と思った。72時間トーク会もやりたいなぁ…

※Podcastはあと2回分あって放課後Podcastも必聴

上間陽子『海をあげる』

上間陽子『海をあげる』(筑摩書房)読了。

読むのが怖くて、買ってから1年近くも積んであった本作を読む気になったのは、岸政彦さんの彼女へのインタビューと、映画『遠いところ』と、同映画を取り上げていた『沖映社』と、読了していて推してくれた @yu_ko_watanabe さんのおかげです。読めてよかった。本当に大切な一冊になりました。

『美術手帖 〜女性達の美術史』

『美術手帖』2021.08
女性達の美術史
特集号
〜フェミニズム・ジェンダーの視点から見直す戦後現代美術〜

女性アーティストのみならず、女性キュレーターによるフェミニズム目線も多いに語られてる、芯のぶっとい特集。

『あなたのフェミはどこから?』発刊後のB&Bトークで安達茉莉子と話していた長島有里枝。
金沢21世紀美術館の高橋律子他2人との座談会で同館「フェミニズムズ」展の際、高橋とフェミニズムの認識の差が埋められずに二人のキュレーションを分けた経緯や、そのことの意義について語っている。

新潟を皮切りに開催された『Viva Video! 久保田成子展』を地道な調査と膨大なミーティングを重ねて実現した全国4人の女性キュレーターの座談会には、発起人である新潟近美の濱田真由美も登場。
天才ナム・ジュン・パイクを夫に持つことで不当に軽視されてきた久保田をその軛から外すための思いや、単館企画でない分担作業で、一般的な業務を超えた連携の様を読むことができて胸アツ。知り合いのパートナーであることだけは知ってた濱田さんを見つけ、買った当時驚いた記憶がある。

これに限らず先日の荒井良二トークでもキュレーターの裏話ってとっても面白くて、もっと読みたいなぁ。

他にも、1990年代のバックラッシュにより「フェミズム」「フェミニスト」というワードを右派男性がどのように利用して低レベルな「論争」とも言えない論争を起こし結果的にフォビアが醸成されその後否定的に捉えられるようになった経緯を解像度高く解説したコラムがあったり。

現代アートと女性の関係のみならず、フェミニズムそれ自体の歴史的推移や背景まで学ぶことのできる貴重な一冊。

野口理恵『生きる力が湧いてくる』

野口理恵『生きる力が湧いてくる』(百万年書房)読了。

秀逸なタイトルだ。読み終わって改めて思いました。

出版社「rn press」を主宰する筆者の自伝的エッセイ。
母親、兄、初の担当漫画家を自死で失った経験、離婚、子育て、自らの道を歩む(はたから見たら恐らく)少し個性的な彼女の、日常を綴る。

…的な様相で前半は進むのだけど、

半ばに、明らかに筆者であろう「N」のことを語る他人目線の小文がいくつか入り、様相が変わる。彼らはNのことを「秘密がある」「人を見下す」「心を開かない」「すごく怖い」と、エピソードを交えて語る。

この文章が本当にNの知り合いが書いたのか、それとも野口による「USO」なのか文中では明らかにされない(彼女の発行する雑誌『USO』は未読だがそちらを読むと明かされているのかもしれない)。

ただ、他人の目を通した語りによって、それまで一人語りだった野口の、その人となりがいくつもの片鱗をまとい、まるで読者の周りにいる「会社同僚の鈴木さん」や「大学生の同級生佐藤さん」のような具体性のあるビジョンになってくる。

一方で、Nは決して私達の周りの鈴木さんでも佐藤さんでもない。何故なら我々はすでに文章でNの心の内を深く覗いているから。
「人を見下す」「心を開かない」「すごく怖い」のは何故か。
なぜそのように「表面上」なってしまうのかが、前段の文章からよく分かるのだ。結果、作者の姿がより立体的に見えるようになっていく。

自伝エッセイなのに筆者を批判する文章が挿入され、その後にさらに筆者の「証言」が入り反論のようなものが行われるこの落ちつかなさも、本書の魅力だ。人から見られる自分とは、ということにも改めて考えさせられる。

自分は誰も自死で亡くしていないし、両親もそこまで不仲ではなかった。妻や娘それぞれがもつ症状や自分の特性が原因で辛い思いもあったがなんとか超えようとしている。筆者とは全然違う立場にいると思う。対極と言ってもいいかも知れない。

だけど、彼女の気持ちと自分のそれがクロスする瞬間が、いくつも立ち現れる。なんというかこれぞ読書!な醍醐味を味わっているように思う。

そして、自分が何故こんなに苦しみつつ稚拙な感想文を書こうとしているのかも、良く分からない。たしかに言えるのは、時間が経った後で自分のレコメンド文を読み返すのが好きであること。そして同じものを見聞きした人と感想を交わすのがとても楽しいこと。今はこのために書いている。できるならばもっとスムーズに、楽しく文章を書いてみたいものだが。

フェミニズムのトークイベントを企画しようと思っています。

昨年、ニイガタブックライト関連イベントとして内野で開催した安達茉莉子さんのトーク、そのとき会場に生まれた一体感や「出会えた」感が忘れられない。あの時間の余韻が、ずっと自分の中で続いていた気がする。

そのせいか、今年のブックライト関連イベントは自然と、フェミニズムをテーマにした内容にしたいと考えるようになっていた。

フェミニズム——この言葉だけで、強いイメージや反感、アクティビスト、一部の女性だけのもの……みたいな印象を抱く人もいるかもしれない。それくらい、歴史の中で何度も揉まれ、翻弄されてきた言葉だから。

でも今の自分の中で、フェミニズムは「世界の成り立ちを知るために欠かせないキーワード」だと感じている。もしくは「皆が生きやすい多様性を、世界に担保するために欠かせない考え方」か。

完全に内面化された家父長制の影響に気付かないまま、大人になっても中年になっても、ずっと生きづらさに苦しんでいる人たちを身近に見てきた。先輩や書籍のおかげで「自分が原因なのではなく、システムが原因だ」と気付けた後の解放も。


そう、この「解放」こそが自分にとってのフェミニズムだったし、安達さんのラジオや、あの内野での温度と、どこか繋がっているようにも感じた。だから今年のテーマも、自然にここに辿り着いたんだと思う。

そこに昨年登場したのが『虎に翼』だった。主催した「とらつばナイト」の解放感も忘れられない。自分は生来「壁をなくす」「壁が無い」状態を求めるマインドが強いのだということに、昨年少し気付き、自覚的になった。

周りにフェミニズムの話をすると、差別に「気付かせない」仕組みこそが、お互いの対立や誤解・差別感情を増幅させていることに気付く。そのせいで、フェミニズム自体が争論の対象になってしまうような、不幸な歴史も読んだ。

こういった話は、今自分達の周りで安易に行っても、人によって受け取り方が変わってくることがあるし、場合によっては対話がかえってお互いを傷つけてしまうことさえあるかも知れない。

だから、
どういうスタンスで、どういった人に向けてイベントを行うか、ということがとても大切なのだと思う。


今年の企画・方向付けについて、昨年のトークの企画者でもある @imoueeeee と、いつも関連する話題で話すことが多い @ruth_blackett_ に相談し、一緒に考えていた。取りようによってはセンシティブなテーマを、安心して話せる相手や場があるというのはどれだけ幸せなんだろうと、時間を持つたびに思う。

そんなこんなでいろいろアイデアを出していた中…
最近読んだ『あなたのフェミはどこから?』(平凡社)が、素晴らしい一冊だった。職業も立場も年齢も経験もさまざまな19人の男女が、自らがはじめて「フェミニズム」を意識し、出会った体験を語っている。どの語りもとても印象深くて、でも同時にとても個人的で、その人自身の感覚や出来事だからこそ、どうこう言う余地なんてない。これだ、と思った。どこか「医学町ビルナイト」の、(まるで生活史のような)自己紹介聞き取り体験にも似ていた。読んでいるうちに自分も語りたくなった。感想も話したい。

この本をテーマ・入り口にして話すのは、今回のイベントに良さそうだし、いくつかの懸念も払拭できそう、と昨晩2人に聞いてみた。

開催詳細はまた追って告知します。興味ある方はぜひ本も読んでみてください。書籍を買うのが少しハードルが高かったら、「ウエブ平凡」というサイトでも内容の多くが読めますので、そちらでもぜひ。

イベントは、6/7(土)日中に開催予定です。
人数は少なめになりそうですが、できるだけあたたかく、安心して言葉を交わせる時間にしたいと思っています。


『私たちには言葉が必要だ 〜フェミニストは黙らない』

イ・ミンギョン著/すんみ・小山内園子訳
『私たちには言葉が必要だ 〜フェミニストは黙らない』(タバブックス)読了。

自分を変えるつもりのないセクシストからの「聞いてやるよ。で、おれが判断するよ」的な質問に、苦労して答える必要はない。

明らかに存在する差別を、ないものと捉え勉強しようともしない相手に対し、懇切丁寧に解説をしてあげる必要もないし、その上自分の説明を「評価してもらう」必要なんてこれっぽっちもない。誰も頼んでいない。

そのことをハッキリと明言し、
セクシストに対峙した時のあの後悔を、あの苦しみを、言えなかったり躊躇したりした悔しさを、これから少しでも減らそうと書かれた本だ。

言わない権利だけじゃなく、どう言えば会話を断ち切れるか、そのメソッドについても具体的に書かれています。

自分が特権を享受する側にいることを認識せず「よかれと思い」発せられる言葉の、そのあまりの影響力の大きさ、罪深さを許さないこと。許さないための共通言語を確立するための本。

韓国で韓国の事情により書かれているので、訳の関係もあり時には少し「これは日本では難しいかも(通用しないかも)」と思える箇所もありましたが、基本は同じだと思う。

答える必要のない相手との会話のぶった切り方はもちろん、多くは
「セクシストに対峙している)あなたに会話を続ける責任はない」
ケースについて書かれ
「あなたに答える責任はないから安心して。」
と説く本書だが、後半で「これだけはあなたの責任」と書かれた部分が印象的。

特権を持つ立場にいることを悪用したいと考えているセクシストに対しては「断固阻止のアクションを起こしましょう」。

長々とやりとりする必要はありませんし、はげしい攻撃を加えなくてもかまいませんが、そのアクションだけは、あなたに課された最低限の責任です。ことばが正しいから力を得るのではなく、権力を握っているからことばも正しいことにされる状況では、権力にものをいわせた無知がまた別の権力を増長しかねません。それは、食い止めねば。(同書P.164)

つまり、あとに被害者を増やさない、連鎖を止めようということ。
これはあらゆることに当てはまるなぁと思う。

自分に内面化されている昭和男の家父長制意識、ルッキズム、インターセクショナリティをイヤというほど認識し辟易しつつ、でも想像することは不可能じゃない。まだまだ足りないけど。と思わされる一冊でした。

かめかし文庫に入りますが、ちょっと事故があり(鞄の中でお茶にまみれた)かなりボロボロでふわふわです。それでも良ければ。

zineを本棚でどう整理するか問題

12月の中頃に投稿した
「zineの整理どうする問題」

背表紙もなく判型も小さい大量のzineをどうやって整理する?見やすくする?
という悩み。

その時思いついた「レコードのように箱に入れて上からペラペラめくって見る」方法を
実践してみたよ。

問題は箱の調達なのだけど、(何故か我が家には)山ほどある小抽斗の抽斗を使ったらちょうど良かった。

B6にちょうど良い箱に、B6と最小のA6その他を入れて。
結構多いA5サイズにもぴったりの箱がありました。

この2つを本棚に入れて、適宜出して、上からペラペラする。
箱の高さも、ペラペラするには程よい感じ。
暫定zine棚完成!まだ結構入るよ。

他の人のzine棚も見てみたい。

野口理恵『自分のお葬式ハンドブック〜私が私らしく死ぬために』

野口理恵『自分のお葬式ハンドブック〜私が私らしく死ぬために』(rn press)読了。

葬儀への参列経験が多く、終活ライフケアプランナーの資格も持つ著者が、「自分らしい死に方を選ぶ」方法について書いているzine。(zineだということは読了後知った)

死にまつわるハウツーが端的に書かれていて便利なだけでなく、多くはエッセイで、読後感は能町みね子やメレ山メレ子に似てる。何だか分からないままに慣例で進められる葬儀のアレコレにちゃんと疑問を感じる姿が信じられるし、それでいて人の感じ方や選択の多様性を決して奪わない書き方で安心できる。あっという間に読めちゃうボリュームながら、得られるものは大きく、しかも気持ち良かった。

つまりお得で楽しくてさくっと読めて、自分の終活に対し気付きも与えてくる素晴らしい一冊。

途中で明かされるののだが著者が「葬式参列経験が多い」のは、家族を2人も自死で失っているということ。でもその壮絶な過去は作中でほぼ語られない。その上で自分の希望する死に方については淡泊に語られるところがなんとも不思議で、信頼できて、心地良い。軽やかでいて鋭い。

気になって調べたら出版社「rn press」を主宰されている方。家族の話も書かれたという新刊自伝エッセイ『生きる力が湧いてくる』(百万年書房)も気になる。


今作は冬のアカミチフルホンイチで久平文庫の兄弟にお勧めされて買った。彼らのレコメンドはいつも間違いないな…。


ちょうど併読していたカレー沢薫の『ひとりでしにたい』にも通じるところがあって(想像を超えるトンデモ傑作漫画なので後述)、あと同じく兄弟に勧められて勝った須原一秀『自死という生き方』(未読)を並べると、完全に
「死にたくてしかたのない人の本棚だね(by奥さん)」
なのだった。
(そんなことはありません)

『リンダリンダリンダ オフィシャルブック』

『リンダリンダリンダ オフィシャルブック』(太田出版)

書庫整理をしていて久しぶりに出て来た。山下敦弘監督のロングインタビューを中心に、描かれなかったアナザーストーリー等。

冒頭にたっぷりページを割いた東野翠れんによるキメ過ぎてないスチルが良い〜!

没になったプロットと経緯を読んでいると、(多数の人が関わる映画は特に)ほんの、ちょっと!の運や出会いなんかの違いで、傑作とそれ以外が分かれてしまうんだなぁ…と実感できる。

ジブリ以外に3〜4回以上も観てる映画って滅多にないし、長女は多分それ以上観てる、大好きな映画。ペ・ドゥナと香椎由宇、周りの皆キャストが素晴らしい。映画ファンで見たい方いたら是非。かめかし文庫にて。
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橘もも『透明なゆりかご』

橘もも『透明なゆりかご(上下)』読了。

沖田×華の原作漫画を安達奈緒子(『きのう何食べた?』『おかえりモネ』)脚本によりドラマ化。その脚本を橘ももがノベライズ。

原作未読。ドラマも1話の半分しか観ていない。

すごく良かった。

清原果耶が産婦人科で働くドラマ、とだけ聞いて、勝手に生命の誕生・感動ドラマ系をイメージしていたら思ったより全然辛い話ばっかり。生まれるよりも病気や死んじゃう話ばかり。でも読後感は悪くない。
文体は多少ラノベ的というか何やらであまり自分向きではないが、やっぱ脚本が素晴らしいよ…

上巻は医院にやってくる女性達のエピソードが続くが、下巻になると主人公の生い立ちやスタッフさん達の背景に話が進んでいって話がどんどん加速していく。止められなくなりました。

しかし、ドラマから入れば良かった。
本書を少し読んでから中途半端にドラマを見始めたら、何だか劣化版の後追いみたいな印象になってしまい、結局ドラマは観ないまま途中で終わってる。小説は非常に良かったが、やはりこういうケースはドラマから入った方がおよそ加点法になって良いんだよなぁ。経験上。

この文庫は、冬のアカミチフルホンイチ で、POPがとても良くて買ったのでした。お店の名前は忘れちゃったけど、御喋り楽しかったな〜。またお店でお会いできるのが楽しみ。


安達奈緒子と言えば2027年松坂桃李主演で初の大河ドラマ『逆賊の幕臣』が決まった。大河はなんか体内時計と合わないというか、観続けられることがあまりないのだけど、これはちょっと楽しみ。現大河は、やっぱり吉原を取り上げるいうことに(1〜2話では)覚悟が見られなくて、ドラマはとっても素晴らしいのに、どうしても気が乗らなくなってしまった。


『あんぱん』見てます。久しぶりにリアル朝ドラ!

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1999年のWEB日記時代から始めた個人サイト。ブログ移行にあたって過去記事も抜粋してアーカイブしています。
(HTMLサイト→SereneBachブログ→WORDPRESSブログと転移)

好きな漫画(2014年版)はこの記事の最後に。

最近は(インスタ)でアップしているTV・映画感想の投稿を、半年に1回くらい一気に転載しています。

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