『遠いところ』をシネ・ウインドで。
監督:工藤将亮。2022年の作品。
五十嵐奈緒子さんが上映活動に尽力されていて知った。沖縄の若年貧困女性が主人公の物語。
内容はひたすらに厳しく、辛い。でも観終わった後に登場人物たちが、なぜか皆愛おしく感じられていた。
俳優達の演技が総じて凄い。特に主人公の凄まじいなりきり振りは必見。本人にしか見えない。
演出も、美術も、劇伴も、撮影も素晴らしい。辛いけど、観て良かった。
【あらすじ】
沖縄のコザで夫と幼い息子と暮らす17歳のアオイは、生活のため友達の海音と朝までキャバクラで働いている。建築現場で働く夫のマサヤは不満を漏らして仕事を辞めてしまい、新たな仕事を探そうともしない。生活が苦しくなっていくうえに、マサヤはアオイに暴力を振るうようになっていく。そんな中、キャバクラにガサ入れが入ったことでアオイは店で働けなくなり、マサヤは貯金を持ち出し、行方をくらましてしまう。仕方なく義母の家で暮らし、昼間の仕事を探すアオイにマサヤが暴力事件を起こして逮捕されたとの連絡が入る。(映画ドットコム)
【感想】
●主人公:花瀬琴音の演技たるや!現地の人にしか見えない。沖縄での上映後、彼女が東京出身と知って観客からどよめきが起こったそう。俳優陣は1か月以上前から現地に住み現地人として暮らしながら方言や職業のディテールを各個人で獲得していったらしい。
●1歳の子役も神だ。こんな自然な子役観たことない。演出の勝利なのか。実際の親子にしか見えない。
●出演する沖縄のオトコ達の腐れっぷりが度し難く、子育てなんて都合の良いときだけ可愛がっているのは明白だし、内なる怒りを抑えるのが大変。この映画で一番辛いところ。
最後Barで反撃するシーンがなかったら、もう自分のメンタルは終わってた。あのBarがなければ映画全体の評価もかなり変わったと思う。
●とにかくずーっとしんどいし救いようがないし、本人の責任ではない理由で、どんなに頑張ったって暮らしていけない主人公のやるせなさに気の持ちようもない。
だけど終わってみると、主人公はじめ登場人物の皆をどこか愛おしく感じている。あのクズ夫でさえ。こういうのは、きっと良い映画だよね。
●沖縄だけでなく、本土でも同じように存在する、貧困問題だとは思う。
とは思うのだが…岸政彦や打越正行や上野陽子の書いていたことを思い出し…。イヤイヤと。それで終わっちゃいかんだろうと。
確かに同じ貧困問題ではあっても、沖縄での原因となっている構造的問題について、この映画にはまったく描かれていないし、知らない人に与えるヒントさえも見当たらない。これはちょっとマイナス点ではないかと思う。
●だけど、
こういう問題についてパンフレットを買えば全部解説されている!大事なことが分かりやすく書かれているので、観た人にはマストバイだ!
一人あたりの県民所得は全国最下位
母子世帯の貧困率は50%超
子供の相対的貧困率は28.9%
母子世帯率、若年出産率とも全国平均の2倍
問題は、その理由。
本土が高度経済成長に入った時代、沖縄はアメリカ統治下にあったため、戦争未亡人や母子家庭を救うための児童福祉法などが適用されず母子寮や保育施設が整備されなかった。復帰後も基地の関係で第三次産業が中心となり、特に男性の働く場がなかった。こういった沖縄特有の事情によって、現在に至るまで貧困が再生産されてしまっている。
「女は水商売で簡単に稼げる。オトコは仕事がない」クズ夫が劇中で放つこのセリフ。実はこの裏には沖縄ならではの事情もあるのだが…残念ながら映画を観ただけでは気付きにくい。見方によっては貧困というエンタメで「沖縄」を消費してしまうことにもなりかねない。(それが制作者の意図でないことはパンフレットで痛いほど伝わるのだが)
夫マサヤの働くあの環境、少ししか出ないのだけど、いやでも打越正行『ヤンキーと地元』を思い出す。この部分だけちょっと解像度高い自分笑。
●大好きなPodcast「沖映社」案件だと思い調べたら、この映画を取り上げた回だけで4回もあった。全部聴いた。さすがの解像度。必聴です。
●その中で誰かの『遠いところ』評をひいており、曰く
「貧困を描いているが、貧困問題を描いていない」と。
この映画だけでは、貧困「問題」、つまり社会的構造的な要因を知るのは難しい。だから鑑賞後に話すことが必要だと。そういう役割を自分達(沖映社の二人)は担っていきたいと語っていた。
●児相の扱いがちょっと中途半パに感じた。これに限らず、少しでも良いから、何か救いの方法を見せて欲しかったと鑑賞中は思っていた。何が正解かは、分からない。
●「遠いところ」というタイトルが出る時の、ずずんと響く感じが印象深い。
●おばあのセリフは字幕欲しかった
以下ネタバレ注意
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●最後、海に入るのはちょっとどうだろうと思う。子を愛する親が心中するのに入水を選ぶとはまったく思えない。
凄い作品でした。いくら『フェンス』や沖映社の繋がりがあったとて、こんな辛そうな映画、多分奈穂子さんの紹介がなければ観に行ってない。機会をくれてありがとうございます。
コメントの感想はないのでしょうか?
働かず酒やギャンブルの為、妻から金を脅し取る夫マサヤ。夫のDVに苦しむ主人公、17歳のアオイ。幼い息子がいる。アオイが「働け」と言うと、けんか腰になる夫。子供の世話もしようとしない。自分がアオイの立場なら「働いて金を稼ぐ能力がないのなら、せめて子供の世話ぐらいはし、ギャンブルはやめ、酒は控えめにしたらどうだ!」と言うだろう。両親に見放され、警察の調べで未成年でキャバクラで働けなくなり、夫が暴力事件を起こし、自分が示談金を払うことになり、体を売る羽目になる。ラストは施設から子供を奪い返し、子供を抱えて共に海で眠ろうと入水。朝日がニライカナイへ招いたと思う。そこで二人は安らかに。ある人のレビューのごとく、健吾に笑いかけるシーンと映画のポスターの朝焼けをバックで、引き返したと考えても地獄続きと思う。別の人のレビューのように、2人は戻らずニライカナイへ行ったと考えた方がすっきりする。又、神が2人を招くシーン(出来れば、ニライカナイまで行くシーンも)があれば、ハッピーエンドに思える。