テレビとラジオの批評誌『GALAC』12月号
初めて買った。編集発行は「NPO放送批評懇談会」。
たしか岡室美奈子さんのXで知った「朝ドラ『虎に翼』が開いた扉」特集が素晴らしい。全20P。
冒頭の座談会、脚本の吉田さん制作統括の尾崎さんまでは良く見るとしても、梛川善郎チーフ演出、石澤かおるPまで加わった4人はなかなか読めない。その後の寄稿も、どれも素晴らしかった。
そもそもの企画の発端と、その後尾崎さんがこの人達を座組として選んだ理由が、詳しく語られている。また、『家庭裁判所物語』という著作があるNHKの清水聡・解説主幹もキーマン。彼は「歴史司法」戦前戦後の司法を専門にした記者だが、これらの本はNHKの取材ではなく個人で時間をとって調べ上げ書いたそう。この清水氏が制作チームの一員として考証に入っている。NHKで脚本作業をしていた吉田さんが「普通は脚本家が直接会うことの少ない」考証の人とNHKの食堂で気軽に会えることの大切さを語っている。現場のこんな話、なかなか聞けない。清水さんは同誌別ページで考証の寄稿もされている。
『虎に翼』は現代の問題を盛り込み「今過ぎるのでは」という声も聞こえた中、それが単なる場所借りではなく、調査や検討により「昔もそうだった」という推測に至った話とか。
痺れたのは撮影のこと。
「今作はマスターショットがうまい。従来朝ドラのようにマルチカメラスイッチングでバンバン繋いでいくのではなく、アングルを決めてそこの中で芝居をするというショットが多用されている」そうで。
配信ドラマはもちろんNHKのドラマも軒並み映像のクオリティが上がっている中「朝ドラだから映像はそこそこで仕方ない」とは言えない。朝ドラにありがちな「小さなセットを写すためのワイドレンズでルーズな俯瞰」という画になった瞬間、途端に醒めてしまうから、できるだけ長い玉(レンズ)でひいて撮るようにしている。全部にピンが合うワイドレンズでどこを見たらよいか分からない映像よりも、1枚の画で役者の芝居と世界観が表現できるようにしたいと考えた。この撮り方は美術にも影響を及ぼしつつ、従来の朝ドラとは違う撮影が実現できた。
あの印象的なカットの数々は、こういう名監督の元で生まれたのだな。
前に「とらつばナイト」で書いた、女学校の先生のカット。これは脚本ではなく梛川演出によるものらしい。座談会でわざわざ取り上げられていて、感激。
同じ方向を向いたさまざまなスタッフがお互いに意見を出し合いそれを採り入れていく現場。
「撮影現場でも、年齢も性別も違うメンバーが、とりあえずこのシーンをどうするかについて相談するときだけは、誰もがフラットに想ったことをしゃべれるという空気を一番大事にしていました。それは『虎に翼』の芯にある憲法14条の精神みたいなことで、このドラマを撮っている以上、そうでなきゃいけないだろうと。」という梛川さんの言葉に痺れた。
仕事としてではなく、個人として、経験談を話したり議論が起こるような撮影現場だったそう。
「例えば女性の照明スタッフが、寅子が再婚して苗字をどうするかというエピソードの撮影時には、自分はどうするんだろうと真剣に考えてしまったという話をしてくれたり、彼女と伊藤沙莉が撮影後にそんな話をしていたり」
以前『虎に翼』は歴代朝ドラの中でNo.1とか、そういうベスト枠には嵌められない、別枠だ。ということを書いたけど、この特集を読んでやっと分かった気がする。
今作は、受け取った人がその中身を自分事にしてしまう力を持っている。別世界のドラマではなく自分のこととして語り出し、つないでいくバトンを確かに手渡したのだ。だからロスどころか、これから引き継いで、続けていく物語なのだと思う。
『虎に翼』以前との違いは、何が正しいのかわからなくなったとき、憲法第14条が、そしてこのドラマが、私たちを等しく照らし出す『灯台であり続けるということだ。
それは朝ドラの未来への1つの希望に違いない。
(批評の目「朝ドラの現在地と『虎に翼』が紡いだ未来」岡室美奈子 同誌より)
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