およそ作者が生きている間に完結するのかどうか、はなはだ疑問に思っていたほどの超大作漫画が2つあります。
一つは永野護『The Five Star Stories』
もう一つは獣木野生(前・伸たまき)『パーム』シリーズ。
どちらも私の生涯ベスト3に入る漫画で(もう一つは宮崎駿『風の谷のナウシカ』)、
どちらも30年以上続いていて、今も現役で連載しています。
なのですが、このたび『パーム』の最終話がはじまりました。3月末に単行本第1巻が発売されます。ついに終わりが見えてきた訳です。こっちもドキドキしてしまいます。
色々機会があって『パーム』シリーズをお勧めすることが最近重なりました。本当に自分の人生観にも大きな影響を与えた作品です。一言では言い表せません。ですけど『パーム』の作者が書いた私の大好きな文章を、この機会に引用したいと思います。以前作者の獣木野生さんがご自分のサイトに書かれていた、「TIME TABLE」というページの一文です。
ところでその前に『パーム』という作品は、作者が中学生の頃に既に全体像を考えていたとそうです。
●中学3年、みんながそろそろ進路を考えるころだったのだが、わたしはすっかり漫画家になるつもりでいた。シリーズ名もなかったPALMではあったが、とにかく自分の書こうとするものが、いつ終わるとも知れぬ大長編なのがわかっていたので、高校や大学に行って、余計な時間を費やすのはたいへん好ましくなかった。たしか夏休み前だったと思うが(定かでありません)、この考えを知った担任の先生が、わたしをたしなめにかかった。とにかく誰でも高校に行くようになっていたころで、中学生くらいの子がバカな思い込みをするのは、先生にしてみればよくあることだったろうから、親切で言ってくれたのだろう。「紙切れでメシは食えないよ。」と先生はおっしゃった。非常に生意気な中学生だったわたしは、「先生、人は食べるために生きるのではなく、生きるために食べるのです。」と返した。
公式サイトより〜Biography/10〜19
「TIME TABLE」というページは今は存在しないのですが(※)、最終話(パームでは「話」と呼んでいるが、その一話が時に10年の連載になることもあった)まであと2話を残すことになった2006年に書かれています。そこで、作者はこれから「最終制作段階に入り」、「PALM完成までの間はPALM執筆以外の活動の停止・制限」を行う。たとえばインタビューやコメント、イベント出演、作品制作以外のイラスト制作などの仕事を行わないという宣言でもありました(多分このあたりのポリシーが変わったからこのページ消しちゃったんじゃないかな)。
※2016年追記:獸木先生がご覧になって、2015年1月にページを復活していただきました。ありがとうございます。
→TIME TABLE
その宣言に続いて掲載されたのが、この謝辞のような文章です。なんというのか、あの大好きな『パーム』を書いた人が、このような文章を書いてくれて、私は本当になんというか、嬉しいというか、自分がいつも思っていたことをずばり形にして残してくれたと思ったのです。だけどこのずばりずばりなかんじって、これいくら説明しても分からない人には全然分からないんだろうなぁ。
以下引用します。太字は原文で色変えされていた箇所です。この文章を、大好きな人達に捧げたい。
さて、人間同士がきちんと礼を交わして別れることは意外にまれです。特に作家には決まった退職年齢もなく、読者に改まって感謝を述べる機会もそうありません。
わたしは長い物語を書いているので、話が終わるときには、ずっと読んでくれた人にきちんとお礼を言いたいものだと常々思ってきました。そして今その時が来たようです。
もちろんPALMはあと2話残っていて、そのあとも書くものが残っていますが、人間同士が互いに別れを言い損なうのは、もちろん前もって言っておかないからに他ならないわけで、わたしはこの最終段階の区切り、最後かも知れないチャンスを逃すべきでないと決めました。
考えてみるとわたしの周囲にいる人間は息子以外ほとんどわたしの作品を読まないので、ずっと読んでくれた人とは、たとえ一度も会うことがなくても、ある意味深いつながりがあったと言えます。作家から読者への通常のお礼の言葉は「長い間ご愛読ありがとう」ですが、そんな言葉は大して意味がない。
覚えている人がいるかどうか、わたしはいつかどこかで、PALMが終わるころには何らかの人生の秘密、すべてのわけにたどり着きたい、それをできればみんなと分かち合いたい、と書いたことがあります。
すべてのわけにはやや早すぎるものの、PALMのおかげで今までいろいろな発見があったことはありました。そのひとつで比較的最近のものをここに書いて、感謝を表したいと思います。
それは幸せになる方法です。
多くの人が幸せを求め、まだ来ぬ幸せを待ちわびていますが、幸せの厄介なところは非常に気付きにくいものだということです。蜃気楼のように遠くにいる時はよく見え、近くではまるで見えなくなってしまう。見えないそのわけは、 もちろん自分がその中にいるからです。
わたしを含め、わたしの知っているほぼ全員はすでに充分幸せですが、それを自覚し謳歌している人間は少ない。
どうか今の幸せをのがさないでください。
うちのキャラのひとりが「地獄は死んでから行くところじゃねえ。ここが地獄なんだ。」と言ったことがありますが、それは忘れてください。
「天国は死んでから行くところじゃない。ここが天国だ。」の間違いです。
要するにどっちも事実なわけですが、どうせなら天国を多めに認識してください。
幸せは未来や遠い場所にはない。今ここにあることに気付いて、どうか心ゆくまでそれを味わってほしい。
悪い習慣を遠ざけ、良い習慣を続け、なるべく健康で、五感を研ぎ澄まし、全身でそれを感じてほしい。できれば毎日満ち足りた気分を味わってほしい。
それがわたしの願いです。
おかげさまでわたしの人生も、自分の想像をはるかに超える幸せなものでした。いつも新しい何かにチャレンジする幸せ、難しいハードルを克服する幸せ、何かに命をかけて燃えるように生きる幸せ、無防備に深く激しく愛する幸せを味わった。
今までとこれからのPALMを通して、この幸福をあなたと分かち合えたらと思います。
みなさんの輝く日々を願って。
2006年7月
獸木野生
獣木野生さん、これまでありがとうございます。これから最終回まで、何卒宜しくお願いいたします。
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