カテゴリー: 日常雑記

夏本番

7/26(土)から1週間、毎日30度を超える真夏日。35度を超えた日も2〜3日あるかな。毎日海に行っても良いくらいの好天気。たまに夕立。
寝室は新しく購入した扇風機「GREEN FAN」だけで冷房はつけていない。
リビングは連日冷房が必要。扇風機併用。

久しぶりに家電を買ったので簡単にレビューしましょう。

一年前の型落ちモデルを近所の電気屋さんで買いました。
私が今も使っている扇風機は→コレです。何年製だったろう…70年くらいかな。最近の扇風機のことは殆ど知らないので、それを前提に読んでください。

●「自然な風」云々の前に、まず風力が弱い!というのが第一印象。4段階あるうち下の二つは、これまでの扇風機の感覚から言ったらいずれも最小以下の印象。最大を4とすると、寝苦しい夜はいつも3です。とはいえコレで今のところは寝室は冷房いらずなので、電力と併せて考えれば良い買い物だったのではと思う。冷房は涼しくてもやっぱり具合悪くなることもあるしね。

●「自然な風」を実感できるかどうか。正直自分的にはあまり…。窓から時たま入る風があまりに気持ち良すぎて、これに比べると所詮扇風機の風、という印象(笑)。でも1、2は寝るときには良いです。この二つなら殆ど動作音が無いし。扇風機としての3万円の価格には誰しもちょっと躊躇すると思うけど、電気代考えたらそんなには高くないと思う。

●その美しいデザインに対して、素材感、高級感ははっきり言ってかなり低い。プラモデルかと。何しろ普段リビングで使ってるのが前述のアレだからねぇ。比較するのも…ですけど。70年前の家電・家庭用品ってすごく作りが良くて、他にもいくつか現役で使っているものがあります。

●最初に書いた「弱すぎる」以下の風力と風の質にこだわり、電力を大幅に下げたコレは(最近の扇風機を知らないけども)扇風機に対する考え方を少し変えてしまうほどでした。うるさくないし、電力もあまり気にしないので点けっぱなしで忘れても良い、という意味で。

コストパフォーマンスにはさまざまな考え方があると思いますが、まぁまぁオススメかな。デザインは良いし。

 
 

増税前の買いだめについて

消費税が5%から8%に上がる直前の週末。バイパスを走っていたらいつもにもましてバカ長いイオンへの渋滞が見えた。ここしばらく報道されていたり、妻や周りの人から聞いてはいたのだけど、世の中では「増税前にいつもの品をできるだけ買いだめしておかなきゃ」という風潮がどうもあるらしい。お店の棚から日用品がどんどんなくなっているんだと。

えとですね。この話を聞いて即座に思ったこと、書きますね。

●5%から8%への差は3%。1万円で300円。まぁ日用品で1万円買うって相当なもんだけど。

●ガソリンが今レギュラーで1リットル170円。あの渋滞でどんだけガソリン使ってますか?

●まとめ買いってのは得するように見えて殆どは余計な分まで買わされて無駄が発生するモンだよ。

●わざわざ増税前に値引きするお店ってないよね。つかこの間のエコポイントのこと、覚えてないの?あのシチ面倒くさい手続きでやっと戻ってくるポイント。が、終わる前にも同じ騒動あったよね。で、最初から「エコポイント付与が終わったら売れなくなるから放っておいても後で絶対安売りするよ?」って予想されてて、まんまと、その通りになったでしょ?(むしろ安くなった)つまり増税した後で3%くらい普通に値引きになるよ?学習能力って…(略)

●あのイオンの渋滞、普段の時間から見てもお店に入れる迄に一時間近くかかるよね。帰るときにも当然渋滞。皆さんの持ってる時間って、そんなに価値の安いモンなの?皆さんの時間給って、そんな値段?

●あの渋滞と混雑のイライラ、それ数百円とか数千円で相殺できるモンなの?shiroは絶対に無理です。

皆さんお金が安いということに敏感なのかわざとなのかそれともお祭り騒ぎが好きなのか、イヤそもそもちゃんと計算してるのかな。色々と不思議なことの多い週末でした。

(別におれ一人の意見じゃなくて、この話をしたら妻も同僚も皆「同じこと考えてたよ!」って同意してましたよ。念のため)

  

『3.11を心に刻んで』より〜大友良英さん

「ダサいくらいなんだよ、我慢しろよ!」
(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の主人公、天野アキが親友に向って言う台詞)
********
 80年代以降の僕ら日本人がたどって来た道をたったひとことでばっさり。そのくらい、このことば、わたしには衝撃的でした。
 「ダサい」ってことばは、わたしの記憶にある限り、70年代の後半くらいから使われだしたように思います。それ以降、僕らは、正確にはオレたち田舎育ちの人間は、この言葉に縛られてきました。ダサいと言われたくない=洗練されたい、都会的と見られたい。とりわけ福島に育ち、東京に出てきたわたしのような青年にとっては、切ないくらいの呪縛力を持ったことばでした。都会育ちには、この感じ、わからないだろうなあ。
 この「ダサい」をどうやって克服したかと言えば、自分がそれなりに自分の仕事をするようになり、社会に認められ、海外でも認められ……って、あああ、やっぱ、こう書くとオレめっちゃダセえ。でもそうやって、いつのまにかこのことばが恐怖ではなくなっていきました。
 でも、否応なくそんな過去を思いださせたのが震災でした。なんで福島に原発があるのか。なんで事故がおこったときにこんなことになるのか。そのときに翻弄されるオレたち福島出身者や福島在住の人たち。「ダサい」という言葉に翻弄されていた自分と、2011年の翻弄される福島とがどこかで重なって来て、自分自身正気ではいられないくらい動揺しました。なんでだろう、最初はそう思いました。その謎を見事に解き明かしてくれたのが開沼博の書く『「フクシマ」論』(青土社)でした。「ダサい」に翻弄されていた自分と、田舎に原発が作られる土壌の見事なくらいの一致。震災と原発事故を経て、2012年に入った頃から、自分の残りの人生は地方と中央の問題をどうにかしていくことに焦点をあてよう……そう決心しました。
 そんな中で、自分もその制作に関わって生まれたのがNHKの朝ドラ「あまちゃん」です。あそこには地方と中央の関係が等身大で見事に描かれています。宮藤官九郎さんの脚本は、決して難しいことばを使わずに、日常的なやり取りの中だけで見事にことの本質を射抜きます。今もことあるごとに、わたしはこの言葉を思いだします。なんでだかわかりません。でも、それが、地方と中央の関係を根底からくつがえす原動力になるような気もしています。二度と原発みたいなもんを作らないためにも。
(おおとも よしひで・音楽家)

岩波書店WEBサイト3.11を心に刻んで』より

『3.11を心に刻んで』より〜もんじゅくん

 われわれは、まず、折あるごとに不満を述べあい、議論をたたかわし、役所に苦情の電話をし、新聞や雑誌にすぐれた記事を発見した場合には、手紙を書いて激励しようではありませんか。
 その効果はあまりにも小さく、前途は気の遠くなるほど遥かです。しかし、これが、誰にでもできる唯一の道造りではないでしょうか。
続きを読む

年賀状書き

やっと少し、雪遊びができる程度に積もった日曜の朝。明日も祝日で三連休。
今さらですが年賀状ができあがったので宛名書きを。今年からは長女も宛名が書けるようになった(漢字も!)ので一緒にがんばっています。そうだ、がんばってちゃんとした万年筆を買ったのも2013年だった。書くのが楽しい。
自宅のRadikoは今はTOKYO判定。iPhoneの「Radikker」というAPPも教えてもらって非常に充実オレラジオライフ。今はinterFM。

写真

いじめは見ていて面白くないよ。

TBS・東京ポッド許可局の「ごちそうさん論」を聴く。ようはごちそうさん面白いぜ!って内容。
ごちそうさん、今までぽちぽち観てきて(週イチくらい?車のTVで)、どこかではまるきっかけないかなーと思ってたんだけど。ダメ。もうあの姑さんのいじめがダメ。許可局でも「最近の視聴者は甘やかされている。あのくらいのいじめは耐えて観なきゃ」的なことを言っていたけど、ダメ。あのいじめシーンで毎回断念。

分かりやすいので例え話で良く使うんだけど、『渡る世間は鬼ばかり』とかの嫁いびりを楽しく観れる気持ちが全然理解できない。なんでテレビの中でまで、放っといても世の中に溢れているイヤなことやイヤな人のイヤさと向き合わなければならない?それに対抗できていない人の無念さを眺めていなければならない?そんなパワーは少しでも現実世界の為に残しておきたいです。是非に。
耐性を付けるっていう意味は、あるかもね。でもそれは自分にとって「訓練」であって、決して「楽しいテレビ鑑賞」ではありません。

自分とまったく同じ気持ちの人も身の回りに結構いて、上記のようなことをよく話すんだけど、出てくる話の1つが「どこを面白がっているんだろう」ということ。いじめる方、いじめられる方、誰(どっち)に感情移入しているんだろう。とか。仕返しの時のカタルシスは確かに面白いだろうけど、仕返しを観たいがためだけにずっと耐えてるのかなぁ。そんなことはないはず。きっと気分の悪いのもいやーな感じもすべて含めて「テレビ体験」「映画体験」として消化できる、面白い体験にできる能力を、「観れる」人たちは持っているんだろう。

ごめんなさい。こんなことを書いてはいけなかった。と胆に命じていた筈なのに。面白く観れている人の方が世間では大半。こんなこと書いたって読んだ人のほとんどにとっては至極至極当たり前のこと。はぁ?というか、disられたかのように感じるだけだよな。

恐らく30を過ぎた頃から、30半ばになったらもう完全に、映画とかテレビに対して「怖いもの観たさ」とか全然なくなってしまった。エログロはまだしも、残酷系は全般にダメ。拷問、殺人とか。また特に子どもが絡んだり死んだりするものは絶対に観れない。「観れない」ってなに?と「観れる」人は思うでしょうけど、感情移入しすぎて「映画体験」から外れて自分の気持ちがガタ落ちしちゃうってこと。終って「ああ良い映画体験だった〜」なんて思えない。たとえ最後がハッピーエンドだろうが何だろうが。機会あるごとにそのシーンだけが甦り、具合が悪くなる。なんのためにお金を払って映画を観たのか分からない。

ええ、この条件で言うと世の中の話題の映画の半分以上観れないんじゃないかと思います。その通り。それで全然結構。だから何度も書いているけどタマフルの宇多丸さんとは全然趣味が合わない(彼の生涯ベスト『アポカリプト』はそういう意味では最悪だった)。レビュアーとして面白く聴いています。園しおんさんの残酷系もいっこも観る気にならない。

ああすっきりしました。このサイトのテレビ・映画レビューもこんなような特殊な感情ベースの上で書いていますので。アシカラズよろチンピク。

  

日記とまんが

しばらく企画展のお手伝いなどをしていて、ここ1週間はついに一度も晩ご飯タイムに家に帰れなかった。かと言ってどこかで食べる時間があるワケでもなく、カップラーメンを夕方に一つ食べ、0時や1時に帰った家で遅い晩ご飯を結構な量食べる。いけないんだろうなこうゆうの。カップラーメンは二日続けて食べるともうイヤになる。買って、最初の一口までが一番楽しいね。今思い出しただけでなんかベロがマヒしてくる。

ここ最近読んだまんがたち、『純潔のマリア(3)』『銀の匙(9)』『宇宙兄弟(22)』など、どれもこれも感動しっぱなし。シヤワセだなぁ。『純潔のマリア』はすごく大きなテーマのように見えて友情モノになったりやっぱり大きな話だったりして、前巻から通して読んだのだけど涙が止まらなかった。『銀の匙』は相変わらず出てくるみんながちゃんとしていて、中でも主人公が一番ちゃんとしていて、結構ありそうでないシチュエーションじゃないかな。前8巻は農家の借金の話を書いていてこれまた稀に見る傑作だったんだけども。恋愛がメインじゃない、何か目的のある学生モノってそれだけで大好物。『もやしもん』とか、古いけど『あどりぶシネ倶楽部』とか。

『宇宙兄弟』は『度胸星』に捧げられたという話を聴いたけど、真偽のほどは知らない。これも主人公が一番ちゃんとしているまんがだね。出てくる難題や課題に対してムッタが出す答えというか動きというか、それが毎回毎回普通にすごい。なんというかマンガのストーリー上で語られるようなものではなく、今朝の朝刊にトピックスで載っていてもおかしくないようなアイデア。が、22巻にもなってまだまだ出てくる。そして基本出てくる人が皆いいひと。というより、最初はイヤな人で出てくるんだけど、そのうちにその人のバックボーンが語られ、他から見て「イヤな人」に見えたのは何故なのか、その理由も分かるし、その理由をムッタやその他の人達がゆっくりと溶かしていく様子に、ぐぐっとくる。ストーリーの組み立て方も上手い。『あまちゃん』のような同じシーンの繰り返しでも、意味が分かるとまた全然違う見え方になる、みたいな。嗚呼職人技。

久しぶりに早く起きた日曜日で高山なおみさんの『明日もいち日、ぶじ日記』を読んで急に日記が書きたくなった次第。
仕事をしていて、文章が全然書けないことに本当に悲しくなるのだけど、特訓とか練習とかできないタイプなので、何か他の方法で少しでもましになる方法がないか探そうと思う。書けない、というだけで自分がこれまで重ねてきたものまでも軽くなってしまう(自分がそう感じる)のがとても悲しいから。

日々なんとか生きています。子供たちは相変わらずというか絶頂可愛いのだけどあまり会えません。

トマトソースなど

お盆休み続き。本当に久しぶりの(5〜6年ぶりか?)お休みらしい、ゆったりとした休暇。普通ならまずこんなこと(ふたりとも二日間預けること)はしないんだけど、今回は相方の精神的な病み度を考慮しあっさりと決行。やってよかった。ラクだ。映画を観て、本を読み、お買い物がてらドライブして色々話す。 続きを読む

夏休み

朝日の中、元気いっぱいにラジオ体操に向かう長女を、その後ろ姿を見送る。
これが本当に幸福な気分。
予想もしていなかった。

  

今日も涼しい。

朝の外気温23度。車のクーラーをかけていると寒いくらい。相変わらず雨空。古町のお客様へ直行なので久しぶりに海岸沿いを走る。海の匂いが懐かしくてちょっと泣けてくるくらい。本当に色々あったこの数週間。また後で書くこともあるかも知れない。でも家族の繋がりだけちゃんとしていれば、大抵のことは乗り切れるものだ。

テレビ無し生活3年目へ

この7月でテレビ無し生活3年目に突入する。いまだ買おうとは思わない。家族のテンポも相変わらず良いかんじだ。
だけどこの期間で分かったことも少しだけあって、それは、あれほど1ミリも価値を認めていなかったテレビのくだらない番組にも、「何の意味もない、徹底的にくだらないからこその価値」というものが、少しはあるんだと発見できた。特に夫婦間の潤滑油として、くだらないテレビを2人で馬鹿にする、その効能はあなどれないなと。

でも、それが無かったからって問題になるレベルじゃないことも分かった。潤滑油は、工夫次第。

で、地デジ自体の問題。改めて読み直したら結構面白かったので改めて。

2011年ふりかえり

  

『姉の結婚(5)』

これまでイマイチ乗り切れない感があったのだけど(やっぱ恋愛メインはキツいとか、かな)、ここに来てお仕事漫画的要素が加わり、うじうじやってた2人がキッパリ別れた後の話になったもので、何故か自分的にはぐっとノれるようになってきたよ。
仕事中、久し振りに少女漫画で現実逃避できた。ああコレだ。コレがあるからおれは少女漫画が好きなんだ。夢想があれば生きていける感(笑)。コレなんだよ。
とは言っても感情移入しているのは主人公の女性の方です。オトコの方にはたまーに入り込むだけ。こうゆう微妙なバランスで読んでいるのってどうなんでしょうね。とふと思った。

  

2013GWのこと。

GW総括。前半は吉祥寺ORGANIC BASEの「種市」へ。恐らく日本では初めてという在来種のファーマーズマーケット。F!問題のみならず食全般や生き方について考えさせられる良い機会だった。新潟でも違う形で開催したい。福島市から札幌に移住したあんざい果樹園の安斎さんの話、そのスタンスが特に印象的だった。やることはやるしかない。その上で明るい方を向き、絶対に幸せになる、というね。
翌日は新潟F/styleにいわき(現在は茨城にお店があるようだ)のゼリーのイエが来ていた。絶品。

後半。二日かけて家の掃除。45リットル×11袋のゴミを出す。定期的にやっているのに何処にこんなゴミがあるのかと感心する。かなりすっきり。恒例の食事会はいつものような大人数ではなかったので落ち着いてゆっくり話せた。こうゆうのもいい。元TRUCK(大阪)の方がいらっしゃって話を聞けた。行ったことないけどあこがれの場所。今年のイベントの相談。ビルの再開発の話、続き。楽しみ。

最終日はでかけずダラダラ。次女が階段の入り口柵を無視し裏から上れるようになったので、入り口柵をなんと5年ぶりくらいに外し、次女用の手すりを追加。すごく久しぶりに(というか新築時以来くらいの気持ち)階段がちゃんと階段ぽくなった。

天気は最終日以外はおしなべて晴れ。GWらしい、すばらしい日和だったと思う。