カテゴリー: 本・雑誌

フェミのイベント企画会議

亀貝のバリスタカフェで、ご近所のとってもワクワクする話と、フェミニズム放談で数時間。
久しぶりに、周りのお客さんがどんどん入れ替わって、知らないうちに全員いなくなってるあの感じを味わった笑。

自分はどんな話を読んだとき、どんなエンタメに出会った時、知り合いのこんな言葉に出会った時に、エンパワメントされるみたい…て話をしたかったのと、ブックライト含め、これから関わっていきたいイベントとは…みたいな相談。じんわり良い時間だった。

センシティブな話題、政治的な話題を含めこんな風に安心して話せることって、実は稀少で大切で。またこうやって少しずつアイデア生まれていくといいなぁ。たとえばイベントで実際に集って話したいけど、話しきれないこと多いよね。からの素敵なアイデアとか、皆さんやっぱ凄い。

そんな貴重な時間に、資料として持って行くつもりだった本の詰まった鞄を、丸ごと忘れてしまっていた。笑

昨日話に出した本たちです。

最近自分の買ったzineを整理してて、結構な冊数になってることに驚いた。zineってオススメしてもされてもその時は既に入手しづらかったり送料のかかる通販しかなかったりして、それを少しでも解決するのが貸したりその場で読んでもらうことだったり、なのかな。

今までzineを貸すことは気持ち的に少し落ち着かなかったのだけど、読んで知られて続刊を買ってもらえるなら(現在入手困難な場合は)良いことじゃないかと勝手に納得させた。今なら著者に対して簡単にリアクションも送れるし。
だから、作るだけでなくzineを読むテーマで沈思黙読会やっても面白いのかも、って思った。

そうそう、4/20(日)開催の「本の海に潜る日(新潟版沈思黙読会)」も、まだ若干名大丈夫受け付けてます。興味ある方は私までDMください。



あと『仕事文脈 vol.25』の第2特集「ふつうに複業」は色んなケースの働き方や時間の取り方が書かれててめっちゃ面白いよ。皆興味がある内容だと思う。こんな風に今!な題材をキャッチアップするのがいつも上手で大好きな雑誌です。

スタジオジブリ『熱風』3月号より、歴史建物保存の意義について

スタジオジブリ『熱風』最新3月号


塚原あゆ子監督ロングインタビューはネタバレ全開なので(冒頭の鈴木Pとのやり取りは面白かった)鑑賞後にとっといて。

前川國夫設計・神奈川県立図書館の改修(’27完了)についての記事が読み応えあった。

1)役所の担当者
2)BACHの幅氏
3)彼のディレクションで改修前の撮影を担当した潮田登久子&サポートの島尾伸三(しまおまほさんのご両親)

それぞれのロングインタビュー。藤森照信氏も前川國夫の打ちっぱなしに関した短いコラムを寄稿。

この図書館でしか買えない図書館の写真集は是非見てみたい(幅氏がヴィネスパでもやってる一連のサイトスペシフィックなプロジェクト)。

しかし色々思うところが多かったのが、いかに前川建築であっても取り壊されてしまうことが多いという話。そして「経済的に計れない価値を説明して理解してもらうこと」がいかに難しいかと語る担当者。

そうか…そうなのか…。2度と作れない魅力のある建築物を残す意義を分かってもらうことは、やっぱりそんなに難しいことなのか。世界の別の場所に行けば当たり前でくどくど説明する必要もないほどの「意義」。が、伝わらない。これが地域性、国民性ってやつなんだろうけど。


旧齋藤家別邸の保存活動に参加した時を思い出す。恐らく少なくない人が保存には賛成してくれるが、予算を通せるほどまでに表面化されないというか実効化されないというか。
だからこそ、啓蒙の前段階で、子供の頃から当たり前に価値を知ってもらおうと、当時は「保存が叶ったら子供向けのイベントをやりたい!」と息巻いていたものだったね…全然できてないや。

政党の広報の方と話をしていてもつくづく思う。草の根の大切さ。これを忘れちゃいけないんだよな。

同記事では、図書館の意義、それも中央館(県立など)と市町村立のそれぞれの役割の違い、的な話になるほど〜。
ちなみに前川國夫氏は学校町出身だそう。

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毎号楽しみな青木理の「日本人と戦後80年」。今回は角川歴彦氏。所謂「人質司法」にまつわる問題。
彼が東京五輪スポンサー選定を巡る賄賂容疑で7か月も長期拘留され、命に関わる持病の薬も飲めず、診断もされず、まさに「国による殺人」といっても全然過言ではない扱いを受けた、その内情。凄まじいですよ。え?これが本当に近代国家?と信じられない思い。

ウィシュマさん他、外国人の入管・留置での扱いは言語道断で今すぐになんとかしないといけない話だけど、これもう国全体の問題なんだね。

角川氏はこの件で国会賠償請求訴訟を起こしていて、ある意味遺言代わりに戦っていきたいそうだ。

映画『トワイライト・ウォリアーズ』感想

この映画については @ninnymoa が激推ししていたので前から知ってたのだけど、新潟の上映はTジョイの真っ昼間だけで「ああこれは劇場逃すパターンだな…」と思い、まずは『九龍城探訪』を買って九龍城熱をなんとかしよう、と思った。

九龍城と聞いただけで身体の奥が熱くなってくる…あの手の廃墟のような入り組んだ建物に、無条件にヤられちゃう人、いるよね?自分はそう。#士郎正宗 のマンガもまさに九龍城好きの流れだな。

『九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 – City of Darkness』(イースト・プレス 2004)

九龍城のリアルな写真集としても勿論のこと、そこに住むさまざまな職種の人達に普段の生活のことを詳しく聞き語りしていて、これが本当に面白い。まさに『九龍城の生活史(by岸政彦)』といった趣。高価な本だが文章量も相当で、充分に元がとれる。

この面白本を中盤まで読んだ頃に、急に映画を観に行けるチャンスがやってきて、観てきましたよ『トワイライト・ウォリアーズ』。(2月13日頃の話。だけどまだTジョイ新潟万代では上映中)

自分は1970年生まれ、ジャッキー・チェンの香港映画が子ども時代にめちゃくちゃオンタイム。とは言えあの手の格闘ものにそんなに心動くタイプではなかったので、それなりに「観てはいる」位の関わり。

そんな自分でも、ちょっとあの頃の気持ちを思いだした。なんというか、あの時代の空気というか。前向きしかないあの気持ち?
間違いなく今でしかできないクオリティの映画だけど、昔に作られたかのようなポジティブな気持ちを追体験した、と言えばいいのか。

内容はギャングのシマ争い&カタキ討ち、対決して勝つ!みたいなストーリーで、少年マンガそのままの喧嘩ンシーンの連発。しかも九龍城そのままに見える素晴らしいセットを上手に使った、めちゃハイクオリティなアクション。

そのシマ争いもカタキ討ちも、ちゃんと脚本が練られていてツッコミ処が全然無い。王道の内容を王道のままちゃんと丁寧に隙無く作られている、とんでもないレベルのエンターテインメント。

登場人物のキャラ立ちも凄くて、まー魅力的。中でも自分は強いおじいさん達が好きで、龍兄とサモハンはフィギュアが欲しい位だ。最初から最後まで最高だった。

実際の画像が流れるエンディングには泣いてしまうし、『九龍城探訪』には取り壊し近くの様子も書かれてるしで、劇中の物語とは別に、心の中にある「いずれなくなるこの場所」という哀愁がもう、ずっと切ないのですよ。

ただし。
自分は…カンフーが嫌いな訳じゃないけど、この映画、刃物を持って戦うシーンが多くて。そのキャシャンキャシャンてゆう音が、もう痛そ過ぎて苦手でした。生理的に無理なの。なので後半の刃物アクションシーンが相当厳しかった。

ギャング映画とかノワールとか、少年マンガに心がめちゃくちゃ躍るタイプにめちゃオススメです。『九龍城探訪』も、読み終わったら #かめかし文庫 入りする予定。

「新潟と、ことばと、翻訳と、2」in北書店

2/26に北書店で開催された新潟出身の翻訳者4人のトーク「新潟と、ことばと、翻訳と、2」に行ってきた。

1回目に引き続き結構なボリュームでまたしてもメモが大量だけど早く書いちゃわないと忘れちゃうので。印象的だったトピックのみ抜粋です。

【登壇者】
○斎藤真理子:言わずと知れた韓国語翻訳者。「世界で1番多くハン・ガンの著作を翻訳している人」らしい(byアトロク2)。新潟市ご出身。
○阿部大樹:精神科医で翻訳者。自著もあり。柏崎市出身。
○工藤順:ロシア語翻訳者。高校が自分と一緒。山北出身。
○福嶋伸洋:ポルトガル語翻訳者で作家。小出・十日町出身。

●4人全員が「翻訳大賞」受賞経験者。

●新潟出身だからこその「外国と日本」の捉え方についての話。ロシア、ハバロフスク、韓国との繋がり。

●南の国の人が北国の話に憧れたり、その逆だったり。「文学における「ないものねだり」」の話。

●「北に向かう作家と、南に向かう作家」がいる、という話。

●大量に本を読む医師の阿部さん。読書は人間理解に直接繋がるようには感じないが、患者に話す「たとえ話」の材料として役に立つ。

●自分の生まれ育った場所の記憶についての話。翻訳する際に「原風景を想像する」ことは大事だと思う。(斎藤)

●読書の話。小説とノンフィクション(を読むこと)の間には溝があり、しょっちゅう行ったり来たりしないと、読む筋力が落ちる。(斎藤)

●翻訳の際に「ざわざわ」と感じる違和感のようなもの。これを解消するために注釈を入れたり色々と手をかけたりすると、誤訳のきっかけにもなってしまう(斎藤)

●知り合いの本は読みずらい話

●ロシア文学は泥を書くのが得意?


●前回に続き「ロシア文学とは?」の話。宮澤賢治は純ロシア文学。

●クラリッセ ・リスペクトルは「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」(福嶋)

●マンガ「美味しんぼ」が大好きなのだが、お金を払うシーンが1度もないことについてずっと考えていた(福嶋)

●作家と作品を分けることについて。その分かちがたさ。「発話の意図」が分からなければ自分は訳せない(阿部)

●「とてもこの小説が面白かったから、原語で読みたい!」という感想に対する何とも言えない気持ち。特に韓国語にありがち?
たとえば「初版に価値がある」=いろいろな人が手を加えていないオリジナルのものに価値を感じる気持ちと通じるのでは。

●第一回同様、方言の訳し方について質問が。その答えの中で「イージーリスニング地方語(斎藤)」という名称が出て来た。たとえば手塚治虫の「がす」など。

●辞書に出ていないような文学を訳すことにワクワクする(福嶋)。

●ロシア圏は辞書がWEBで共有化されていて、辞書の名前+PDFでダウンロードできることが多い(工藤)。

ざっくりとしたメモを元に書いているので、細部は違っていることがありますが、今回も面白かった〜!

福嶋伸洋『リオデジャネイロに降る雪』

未だ半分位しか読んでないけど、これもいいのよねぇ。

こないだ北書店にいらしてた、ポルトガル語翻訳家・福嶋伸洋さんのブラジル滞在記『リオデジャネイロに降る雪』。
まったく異世界文化。祭りを愛する彼の国の人が、土地が、愛しくてたまらない。旅したくなる。高校生の頃に初めて吉田秋生『カリフォルニア物語』を読んだ時の、あの愛する感じに似てる…と思った。

装幀も、すごくかっこいい。

斎藤真理子さんはじめ、新潟出身の翻訳家総勢4名(全員が翻訳家大賞受賞経験者!)が集まったトーク「新潟と、ことばと、翻訳と vol.2」も初回に続きとっても面白かった。感想はまた今度。

『弾劾可決の日を歩く “私たちはいつもここにいた”(タバブックス)』

岡本有佳・編『弾劾可決の日を歩く “私たちはいつもここにいた”(タバブックス)』読了。

待ってました。あの裏側がとにかく読みたかった。
(きっとこれも映画になるよね、と映画部会で話してたっけ)

昨年末の韓国非常戒厳令発令から、大統領弾劾まで、特に若い女性達がどう動き、何を発していたのか。現地での臨場感溢れるレポート、その後のトークやインタビューをまとめたZINE。65Pで¥1,000。2/26初版発行。タバブックス通販サイトで買えます

そもそも知らないことがどんどん出て来て、すごく勉強になる。というかもう最初から最後まで感情を動かされっぱなし。これを「感動」と言っちゃうと、自分が彼ら彼女らの気持ちを消費しているようで(実際そういう面もあるのだろう)恥ずかしいのだけど、もうこれは、人が動くという感動以外何モノでもない。凄まじい感動でした。

知らなかったこと。
●尹錫悦元大統領の言論弾圧の実際の酷さ。女性政策を何十年も後退させるかのような前時代的な改革の数々。そしてかの大統領の横暴を、日本のTV局がほとんど報道してこなかったこと。

●デモに参加できない人が、デモ周辺の飲食店に前払いをしてデモ参加の若者達への無料の食事をサポートする仕組み。サイトで「あと何食」と見えるようになってる。この仕組みを、IUなど多くの著名人が寄付でサポートしている。

独立メディア「ニュース打破」:朴槿恵政権までの言論弾圧で公共放送を解雇・辞職した記者等が非営利で調査報道をするメディア。広告は取らずに市民からの支援金のみで運営されている。尹錫悦の言論弾圧でも1番ターゲットになった。

●メディア監視の「民主言論市民連合」:軍事政権下で解雇されたジャーナリスト達により1984年創立。

今韓国ではYouTubeで多くの独立系メディアが立ち上がっており、それらが、戒厳が発令されてからの国会での市民の動きを刻一刻と伝えてきたおかげで、素早い戒厳令の解除と弾劾裁判をサポートしてきたようだ。一方で尹錫悦が乗っ取ったメディアもあり、双方は全く違う様相なのだとか。
日本との違い、良い所も悪いところも。

K-POPを中心に、歌と共にあるデモの様子。討論の場づくりの様子。デモをやらざるを得ない状況は苦しいけども、でもその連帯が、とても羨ましくもある。

12月、あの迅速で素早く、そして大きな動きの裏にあるのは、韓国の近代史における人権弾圧の歴史はもちろんのこと、セウォル号事件やイテオン雑踏事件の惨事を未だリアルに体験している世代だっからこそ、と言われている。

「苦痛を直視しようとする心、他人の空腹と寒さから目を背けない心、差別と排除の苦痛を共にしようとする心が人間の心であり、人間の村に咲く花だと思った。私はこれらの顔からセウォル号の子どもたちを見た。セウォル号の子どもたちがその場に来たと固く信じた。死者が生者の道を開けてくれたと信じた。セウォル号以前と以後の世界は違わねばならないという意志が、人々の胸のなかに怒りの花を咲かせたと思った」
(12月南泰嶺の農民デモ後、関係者のFacebookより)

また韓国におけるジェンダー平等は、日本のそれよりもかなり遠い話で、これらのデモで話される言葉にも、その実感がにじみ出ている。
ここで勝っても終わりではない、弱者への関心を失わないで。その関心こそが皆を生かしてしていく唯一の道なのだから、と。

我が国が本当にどうしようもなくなっていく今この時、読んで良かったと思える一冊だった。

恩田陸『spring』感想

恩田陸『spring』(筑摩書房)。
なぜか1ヶ月以上行方不明になっていて、えらいこと読むのが遅くなってしまい、やっと読了。
面白かった!

天才男性バレリーナ:春の少年期から青年期までを、
友人、幼馴染み、叔父、本人と、4つの目線=4つの章で描く。

同じ作者の『蜜蜂と遠雷』は、
「クラシックピアノの世界、しかもコンテストの内容を文章で伝える」
という信じられない難題を見事にクリヤし、読み終わってみると、むしろ文学だからこそ創られる意味があったのだ、と思い知らされるような傑作だった。

これをバレエの世界でまたもや!やってのけたのが、今作『Spring』。踊りの中で演者は何を想い何を見ているのか、観劇者はどこに連れて行かれるのか。体験したようで未体験のようで、やっぱり文学ってすごい…となってしまう。
(でも自分の中ではやっぱり『蜜蜂…』の方が上かな)

そして今作、なんと筆者が作中でバレエの新作を作り出している、つまり演出家やディレクターやコレオグラファーの役割まで果たしている、ということだ。これはもう文藝作家の域を超えていませんか?という…。

巻末のSPECIAL THANKS、
錚々たるバレリーナの面々が並ぶ中、一番上に書かれているのは、我が新潟市が誇る金森穣氏。noismの公演には欠かさず通っていたと恩田氏はインタビューに答えている。クラシックとコンテンポラリーダンス、ダンスの中でのコンテの位置など、勉強になりました…。

noismファンはもちろん、読んで損はしないと思う。

絶対絶対映像化は無理と思っていた(筆者もそう言ってた)『蜜蜂と遠雷』が、あんなに!見事に映画化されたんだから、きっと今作もいつの日か劇場で観る日が来るのだろうな。楽しみにしています。

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ところで何刷りまで続くか分からないけど、初版では一部が透明になったプラ製のしおりがついていて、そこを本文の気に入った文章・2〜3行の上に重ねて、写真を撮り、 #springわたしの推し文 というタグをつけて写真を投稿することで、他の読者がどこにぐっときたかが分かる、という素晴らしい販促企画が実施されてる。而してこのしおりも…無くしてます。悲しい。

でもこれ、大きなネタバレ無しに抜粋でその魅力が伝わる、めっちゃ良企画なので、これからメジャーになって欲しい!版権フリーでお願いします。

倉本聰『破れ星、燃えた』感想

倉本聰『破れ星、燃えた』(幻冬舎)読了。
作者の自伝で脚本家として仕事を始める60年代から現代までを描く。
少年時代からその歳までは前作『破れ星、流れた』(未読)に。

営業的なアレで、帯には
「今でも、黒板五郎の幻影を見かけることがある。」
こんなコピーが出されているが、『北の国から』については後半少し割かれているだけ。

メインはなんといっても60年〜70年代の、脚本家としてめきめきと頭角を現す時代。
高倉健、北島三郎、笠智衆、石原裕次郎らといった錚々たる面々の素顔。TV局の名物P、芸能プロダクションの伝説的人物の描写。圧倒的。圧倒的過ぎて劇的過ぎて、好き嫌いはあるかも知れない。

自分は学生時代から倉本氏の書籍をぽつぽつ読み続けているので、北の国からの話はおよそ読んでいるし、他のエピソードについてはいくつかはきっと既読だったりするのかもしれない。だけど改めてこうやって一冊にまとめて読み直すのは感慨深い。あと倉本聰関連書籍はいつも北書店にあって、佐藤店長と彼の話をすることもあり、最近は北書店で買ってるかも。

倉本氏の運命を変えたNHKとの大げんか、その後のフジテレビとのやり取り、今も続く日曜劇場の当時の話、『海に眠るダイヤモンド』の記憶も新しい炭鉱閉山の話、どれもこれも面白く、読んだばかりの岡室美奈子『テレビドラマは時代を映す』と横糸が通る感じもあって…

テレビドラマの話が読みたい人、倉本聰のファンにはもちろんオススメ。

この2冊を読んでいると観たいドラマがいくつも出て来て、そのいくつかは配信で観られるのがなんとも嬉しい。が、あくまでフジ系を除いてだ。なんかFODのみ配信って文化の断絶じゃないかとさえ思う。

『君は海を見たか』とか『ライスカレー』とか、今見てぇーーーー!

『ぷらすと』がもたらしたもの

朝COBO活。7時のOPENあたりには誰一人いなかった。

今年の映画ベストをまとめはじめている。感想を書いていないものも何作品かあるけど、ちょっと年内にアップは無理そう。『ホールドーバーズ』良かったなぁ。Podcast『映画雑談』のホールドオーバーズ回は、虎に翼評も結構入ってて俺得だった。

北書店で先日買った別冊文藝『クリストファー・ノーラン』。
添野知生さんが『インターステラー』について書いていた。元々弟のジョナサンがスピルバーグに当て書きした脚本で、それにクリストファーが何を足したか。それは何故か。自分の娘のことがかなり関係しているみたい。ジョナサンの妻リサ・ジョイが女性目線で『ウエストワールド』などの傑作をものしている中、勿論分かっててあえて男性目線でSFを描き続けていること、その対比だとか。ほんとそうね。

『ぷらすと』で知って、松崎健夫さんと共にファンになったSF映画評論家の添野さん(岸政彦さん似)、近年は体調不良でYouTube番組にも出られていないので心配なんだけど、どこを見ても近況が分からない。どうか復活されますように。

『ぷらすと』が俺にもたらした影響も、終了した影響も、とっても大きい。もう何年も前のことなのに、未だにショックだ。
今終わられると恐らく立ち直れないくらいダメージを喰らうのは間違いなく『after6junction』で、終わらないように願掛けでステッカーをデザインしている。出来たら車の後部ウィンドウに貼ります。見たことないアトロクステッカーの貼ってあるVOLVO v50を見かけたら、それはワタクシ。

岡室美奈子『テレビドラマは時代を映す』

岡室美奈子『テレビドラマは時代を映す』(ハヤカワ新書)読了。

著者は早稲田大学教授、テレビドラマ論/現代演劇論が専門。60年代頃から現代までをいくつかに区切り、それぞれの時代のテレビドラマが、どのように世相を盛り込んできたかを描く、毎日新聞連載のコラムを新書化。

1コマが2P程度と短く読みやすい。またドラマに限らず時にバラエティ、ノンフィクション、紅白などの音楽番組までも取り上げていて、ドラマを語るというよりも「テレビを通じてその時々を語っていく時事エッセイ」の気分。

大まかな時代背景もそうだが、忘れかけていた個々の事件やムーブメントについてドラマを通して思い出すことができるのが楽しい。残念ながら『虎に翼』の直前までなのだが、かの作品が描いたジェンダーギャップやマイノリティ差別の歴史、見え方の変化についても本書で追いかけることができる。
(出版後に岡室さんはあちこちのラジオでとらつばを激推ししてた。入れられなかったのは残念だったでしょうね…)

現代で自分などが追いかける野木亜紀子、渡辺あや、坂元裕二、安達奈緒子などなどの作家は勿論、自分が産まれたころからの作家論・プロデューサー論をざざーっと読めるのもすごい。この後読んだ倉本聰の自伝もちょうど60年代から現代までのテレビが舞台になっており、御大が一方的にテレビドラマ界の衰退を嘆くのと一緒に読めたのは笑ラッキーだった。あと『海に眠るダイヤモンド』が終わったばかりだけど、本書でも倉本の著作でも、炭鉱の事故や閉山という事実が世間的にどれだけ大きなニュースだったかが、見て取れる。あと東芝日曜劇場(現『日曜劇場』)の偉大さとか。こういう風に立体的に繋がるの、嬉しい。

ラジオでいつもお聞きしている岡室先生の著作をやっと読みました。これからも楽しみにしてます!

舟之川聖子『「頭髪検査」廃止に立ち上がったいち保護者から見えた学校のこと』感想

舟之川聖子『「頭髪検査」廃止に立ち上がったいち保護者から見えた学校のこと』(ひととび〜人と美の表現活動研究室)読了。

今年のふふふのzineで買った『B面の歌を聞け vol.4 〜ことばへの扉を開いてくれたもの」に掲載されていた作者のインタビューを読んだのがきっかけ。

子供の中学校で行われていた頭髪検査に対して疑問を抱き、それを止めるために活動をはじめ、その過程で「権力が使うことば」に気付き、それに対抗する手段を考えたという、長くないインタビューだった。最後に紹介されていたこのzineを、すぐに注文した。

自分も今高3と中2の娘がいて、PTAの委員などの経験もある。いずれもすべて公立学校だが、特に小中学校において、自分が学生だった40年前と、まったく、そのまま!同じ憤りを、そのまま親になっても抱くとは思わなかった。

自分が接してきた学校では、この頭髪検査のような「立ち上がらずにはいられない」事態はなかったのが幸いだが、ところどころであり得ないようなことはあったし、都度必要な場合は、書面や口頭で相談(という体の抗議)をしてきた。その結果少しでも変わったこともあるけども、お決まりの「言葉」で、なかったことにされたケースが殆どだったように思う。

このzineは、そうして感じた、自分の力不足ゆえの残念な気持ちを振り返りつつ、同士は確実にいるんだという勇気と、そして具体的・実践的な戦術・ノウハウを与えてくれる。

未だこの国の学校に根深く存在している「子供は放っておくとけしからんもの。その子供を優れた理想像へと先生が引き上げていく」という物語。ケアでなく支配。おかしな校則の裏にあるこの空気、誰もが感じたことはないだろうか。軍隊でもない教育機関で何故このようなことが…と思うあの仕組みについて、徹底的に、気持ち良いばかりに舟之川氏 seikofunanok が言語化してくれる。

この気持ち良さをなんとか表現したいのだが文章力も語彙力も全く追いつかないので、すみませんが写真でいくつか引用させていただきます。

彼女の抗議活動が気持ち良い結末に終わった訳ではない。気持ち良いのは作者の言語化、抗議の過程とそのロジックであり、対する学校側の反応は…やはり見慣れているアレなのだ。あの構造から抜け出ることはない。

そのことは「はじめに」でまず書かれている。

これは、「対話して相手の状況を知ったことで、お互いに漠然と抱いていた不信や不満が解消された」という類いの話ではありません。残念ながら。

しかし作者は続ける。

この本で特定の学校や人物を料弾する意図はありません。それよりも、自分の家族や自分自身が理不尽な日に遭い、尊厳が損なわれたときに何ができるかを示したい。そして、このような人権侵害の行為を生み出す権力と差別の構造を誰が支えているのかを問いかけたいと思って書きました。これは学校だけで起こっていることではないとも思います。
この本が、苦しみの渦中にいる人、動きはじめた人を励ますものになれば幸いです。

自分は、日本の学校が持つこの権力維持構造が、子供に与える、ひいては自分達の未来に与える多大な影響を、心から憂慮する。

「こういうものだし、解決方法なんてないんだよ。日本人らしいよね。良い所だってあるし。仕方ない」
などとは、絶対に見過ごせないと思っている。

以前紹介した『怒りzine』と併せ「怒りすっきり系」として、大いにお薦めします。

『GALAC』12月号で虎に翼の記事を読む

テレビとラジオの批評誌『GALAC』12月号

初めて買った。編集発行は「NPO放送批評懇談会」。

たしか岡室美奈子さんのXで知った「朝ドラ『虎に翼』が開いた扉」特集が素晴らしい。全20P。

冒頭の座談会、脚本の吉田さん制作統括の尾崎さんまでは良く見るとしても、梛川善郎チーフ演出、石澤かおるPまで加わった4人はなかなか読めない。その後の寄稿も、どれも素晴らしかった。

そもそもの企画の発端と、その後尾崎さんがこの人達を座組として選んだ理由が、詳しく語られている。また、『家庭裁判所物語』という著作があるNHKの清水聡・解説主幹もキーマン。彼は「歴史司法」戦前戦後の司法を専門にした記者だが、これらの本はNHKの取材ではなく個人で時間をとって調べ上げ書いたそう。この清水氏が制作チームの一員として考証に入っている。NHKで脚本作業をしていた吉田さんが「普通は脚本家が直接会うことの少ない」考証の人とNHKの食堂で気軽に会えることの大切さを語っている。現場のこんな話、なかなか聞けない。清水さんは同誌別ページで考証の寄稿もされている。

『虎に翼』は現代の問題を盛り込み「今過ぎるのでは」という声も聞こえた中、それが単なる場所借りではなく、調査や検討により「昔もそうだった」という推測に至った話とか。

痺れたのは撮影のこと。
「今作はマスターショットがうまい。従来朝ドラのようにマルチカメラスイッチングでバンバン繋いでいくのではなく、アングルを決めてそこの中で芝居をするというショットが多用されている」そうで。

配信ドラマはもちろんNHKのドラマも軒並み映像のクオリティが上がっている中「朝ドラだから映像はそこそこで仕方ない」とは言えない。朝ドラにありがちな「小さなセットを写すためのワイドレンズでルーズな俯瞰」という画になった瞬間、途端に醒めてしまうから、できるだけ長い玉(レンズ)でひいて撮るようにしている。全部にピンが合うワイドレンズでどこを見たらよいか分からない映像よりも、1枚の画で役者の芝居と世界観が表現できるようにしたいと考えた。この撮り方は美術にも影響を及ぼしつつ、従来の朝ドラとは違う撮影が実現できた。

あの印象的なカットの数々は、こういう名監督の元で生まれたのだな。

前に「とらつばナイト」で書いた、女学校の先生のカット。これは脚本ではなく梛川演出によるものらしい。座談会でわざわざ取り上げられていて、感激。

同じ方向を向いたさまざまなスタッフがお互いに意見を出し合いそれを採り入れていく現場。
「撮影現場でも、年齢も性別も違うメンバーが、とりあえずこのシーンをどうするかについて相談するときだけは、誰もがフラットに想ったことをしゃべれるという空気を一番大事にしていました。それは『虎に翼』の芯にある憲法14条の精神みたいなことで、このドラマを撮っている以上、そうでなきゃいけないだろうと。」という梛川さんの言葉に痺れた。

仕事としてではなく、個人として、経験談を話したり議論が起こるような撮影現場だったそう。
「例えば女性の照明スタッフが、寅子が再婚して苗字をどうするかというエピソードの撮影時には、自分はどうするんだろうと真剣に考えてしまったという話をしてくれたり、彼女と伊藤沙莉が撮影後にそんな話をしていたり」

以前『虎に翼』は歴代朝ドラの中でNo.1とか、そういうベスト枠には嵌められない、別枠だ。ということを書いたけど、この特集を読んでやっと分かった気がする。

今作は、受け取った人がその中身を自分事にしてしまう力を持っている。別世界のドラマではなく自分のこととして語り出し、つないでいくバトンを確かに手渡したのだ。だからロスどころか、これから引き継いで、続けていく物語なのだと思う。

『虎に翼』以前との違いは、何が正しいのかわからなくなったとき、憲法第14条が、そしてこのドラマが、私たちを等しく照らし出す『灯台であり続けるということだ。
それは朝ドラの未来への1つの希望に違いない。
(批評の目「朝ドラの現在地と『虎に翼』が紡いだ未来」岡室美奈子 同誌より)

アトロク「ハン・ガン特集」と『別れを告げない』感想

アトロク @after6junction のハン・ガン特集聴了(約53分)。

ゲストは、世界で初めてハン・ガン作品を翻訳したキム・フナさん、世界で一番多くのハン・ガン作品を翻訳しているという斎藤真理子さん。以下は内容メモ。

●宇垣「精巧で、緻密で、美しくて、静かで。雪国の雪みたい。すごく綺麗なんだけど、肌に落ちるとキーンと痛い。冷たくてすごく残る。その痛みを絶対になかったことにしない。」

●「世界でも特に日本でファンが多い作家。ノーベル文学賞の反応もめちゃ熱い!」

●「実際に読んだ人に、これだけ喜ばれているノーベル文学賞もなかなかないのでは。」

●受賞当日の二人のエピソード、楽しい!

●「肌にクる」文章

●作品的にも人間的にも信頼されている。元々日本に比べ韓国では文学者が尊敬されているが、ハン・ガンは別格。斎藤曰く「韓国純文学の『結晶』」。

●ハン・ガンはどういう作家か?何故日本で受けているのか?>>斎藤「作家もすごいが日本の読者がすごい。WEBなどで綴られる言葉など、感想でものすごい言葉があがってくる。これは他の作家と違う。どうして1冊の本が一人の人間からこれだけの言葉を引き出すことができるのか不思議に思う」

●済州島4・3事件は1948年。イスラエル建国=ナクバが1948年。それからずっと続き今も解決していないことも共通している。今ハン・ガンにノーベル文学賞を与える意味は言わずもがな。

●ハン・ガン最初にお薦めの一冊は
『ギリシャ語の時間』(作家本人推薦だが日韓では難解とも)
『菜食主義者』えぐられる
『そっと静かに』音楽に関するエッセイ集。本人の歌ともリンクしている
『回復する人間』唯一の短編集

7月、北書店にいらして超絶面白い新潟出身翻訳家3人のイベントを行った斎藤真理子さん。その場で買った『別れを告げない』は、その内容から長い間怯えていて、積ん読だった。置賜の一箱古本市に呼ばれ長く読書の時間がとれるのをきっかけに一気に読み進む。以下は読了後にThreadsに書いた感想。

「済州島4・3事件、信じられない大虐殺の歴史が書かれたハン・ガン『別れを告げない』を1か月近くかけて読了。本当に凄まじい。重い。だけど、こういう残虐でやりどころのない辛い話がとても苦手な自分でさえ、読めた。このことが重要だと思う。

こんなメンタルの弱い自分は、戦争やジェノサイドの辛さをどうやって後世に伝えるのか問題について、その手法についてしょっちゅう考えざるを得ないのだが、ハン・ガンの物語り方は、とても大切な解法に思えた。『少年が来る』も今なら読める気がする。」

研ぎ澄まされて鋭くて、確かに痛いのだけど、でもその感触の中に微か、未来の希望や人生への愛が垣間見える。その空気をむさぼるように、取り憑かれたように読み進んでしまう。次から次へと読むには少々自分の生命力が足りないが、でも読み続けたい。読みたいと思わせる魅力がある。出会えて良かった。


『蜜蜂と遠雷』原作と映画、どちらを先にすべき?

『蜜蜂と遠雷』原作読了。

自分は映画→原作の順に入ったのだけど、これが正解だったように思う。

最初に何の予備知識もなく観た映画版は、とても良かった。
すぐに原作を読みたくなった。

原作は厚めの文庫で2冊のボリューム。これを2時間の映画にするのだから、相当割り切って作らなければいけないのは当然で、その割り切り方もアレンジも、今思えばとても見事だったと思う。

原作は、大袈裟に言えば別物だった。出てくるピアニスト達の心理描写も、バックボーンも、関係性も、映画ではその殆どがカットされるか、もしくは説明がされていない。何より演奏シーン。原作は「小説でしかできないことを」目指して書かれた「音楽小説」だ。

原作でも演奏シーンの割合はとても多い。普通考えたら飽きてしまいそうだけど、一気に読んでしまう。見事な構成と表現力。何度もカタルシスが訪れる。「音楽」への愛に溢れるクライマックスに何度も泣かされる。

演奏シーンは、あらゆる小説的技法を使って、恐ろしい没入度で描写されていた。背景にはそれぞれのピアニスト同士の関わりがあり、思い出と経験があり、音楽を極めるもの達だからこその精神の繋がりがあり、曲それぞれの分析があり…。その結果文章だけで驚きの「音楽」体験を実現している。

そもそもが、映像で不可能な描写によって「読者の頭の中でそれぞれの音楽が鳴る」もしくは「音楽が鳴らずとも音楽の素晴らしさを体験させる」ことを目指した小説だったのだから。
「映画化する」と言ったら「??」となるのが当たり前。そもそも矛盾している。
だけど、見事な映画化だったと今でも思う。

映画と小説の情報量は、1:10くらいじゃないだろうか。でもそれは映画から入ったせいで、原作を知った今ならきっとその比率は1:5にも1:3にもなり得る。そういう風に作られた映画だったと思う。

だけど最初に原作を読んだ人は…
自分みたいに1:10には思わないだろうけど、それが1:5だとしてもやっぱりがっかりするところはあるような気がする。短い中で人物の個性を表現するために、今思うと残念な変更も僅かにある。減点法は、加点法に比べてやっぱり寂しい。

だから自分の思う『蜜蜂と遠雷』のベストな流れは
映画→原作→映画
だ。

気になってる人はまだやっているうちに是非映画を観て!

森康二『こねこのらくがき』と『日本のアニメーションを築いた人々』

森康二氏が絵コンテ・原画チーフを手掛けた「東映動画」初作品『こねこのらくがき』

モノクロ短編、ほとんどサイレントなのに圧倒されるいきいきとしたその動き。これか!

復刊された叶精二『日本のアニメーションを築いた人々』は、『作画汗まみれ』に続く宝物になった。この数週間は、この本をめくっていればいつでも幸せになれた。時に涙が止まらなかった。

登場する6人のアニメーターそれぞれの人生。その仕事ぶりに迫る、淡々としていながら情熱を宿した筆致。どれも印象深いが、中でも印象的だったのは森康二の章( 『なつぞら』では井浦演じる「仲さん」のモデルとされる人)。最初から最後まで、小さな子ども達を楽しませることに徹し暴力や派手な感情表現を嫌った森氏の生涯。家では人の批判どころか仕事の話も一切せずロマンチストで寂しがり屋、「ぼくにはどぎつい仕事はできない」が口癖だったそう。「絵柄と志向から生き方まで終始一貫『不変の人』だった(同書)」。

これを読むと仲さんはモデルどころか一部モチーフ、ということが分かるが(他の人も同様だけど)、でも井浦の台詞やしぐさの節々で森氏の面影が垣間見える(制作サイドのリスペクトが見える)瞬間も、それは嬉しいものです。『日本のアニメーションを築いた人々』には同じくモチーフとされる奥山玲子、大塚康生、大工原章、そしてアニメ時代考証で #アトロク 出演でもお馴染み小田部洋一氏、新潟出身の近藤喜文らが章を割かれ、その生涯の仕事ぶりが分かるようになっている。

今となってはあたることも難しい各種の資料から引かれた貴重な言葉、叶氏の素晴らしい構成と文章でどんどん読ませます。当時入手していなかったのは残念だけど、こうやって『なつぞら』と一緒に読めるのも今ならでは。買えて良かった。

あと、巻末で安藤雅司さんが近藤喜文展で同氏を語っている内容がめちゃ胸アツ。『赤毛のアン』をどうしても観たくなる!

https://www.amazon.co.jp/dp/4835456858/

『25年目の「ただいま」』書籍感想

サルー・ブライアリー著『25年目の「ただいま」』(静山社)読了。

以前感想を書いた映画『ライオン 25年目のただいま』の原作本。良かった。本人が書いた回想録。
映画に出てこない裏話もたくさん。あのお兄さんとは実際どうだったのかも、良く分かった。何より翻訳がうまい。主役のサルー君は、映画と同様やっぱり愛すべきキャラだった。省略されているところはあれど、相当忠実な映画化だった。
これは、原作から入っても映画から入っても、どっちもOKな奴。オススメです。
(残念ながら絶版のようだけど、ネットですぐ買えるよ)

『ライオン 25年目のただいま』感想

『バッタを倒しにアフリカへ』他感想

併読するにも程があるってもんで、手が付いてないのも、読み終わってないのも沢山。でも皆面白くて…。

『重版出来!(12)』12巻にしてまったく衰えないどころかアップグレードしてる。安井さんがここにきて…脱帽。

『古本屋台』日本酒を飲みながら読むのに最高お薦め。

氷川竜介『倍蜜の人生』自費出版の自分史で、年ごとの時事ネタが懐かしい。セルフ出版で編集者がいないとはこういうことか、と比較して初めて意識されるものですね…。でもだからこその勢いが読み所。出会えて良かった。

大作SF『零號琴(れいごうきん)』にも夢中だがまだ途中。

それより一気に読み終わった大傑作が『バッタを倒しにアフリカへ』。学問研究エンターテインメント。お調子者な表紙&タイトルのくせに、中身はまっとうにバッタ研究を追い続ける学者の苦闘のドキュメント。それを見事な文才で波瀾万丈のエンタメに仕上げている。学者とは何をどうして食べていってるのかが、すごく良く分かる。クライマックスが何度も訪れ、泣かされる。筆者の「研究」に対する意欲と愛が全編を貫いていて、感動を呼ぶ。

黒田硫黄の新作はちょっと…。こういうとこで前述の吉田秋生やゆうきまさみやくらもちふさこの、何十年経っても新しい感動を生み続けるという奇跡を思う。『かげきしょうじょ!』の作家も晩年の『ぶ〜け』に描いていたらしいので当時は読んでいたのかも。これも大傑作。

榎本俊二『映画でにぎりッ屁』もさほど。漫画家の映画エッセイはいくつも出ているけど、いわゆる「映画好き」や「シネフィル」なマンガ家の描いてる内容はいままでも大抵ピンとこない。このニュアンス伝えるの難しい。自分はもともと映画嫌いだから見どころも違うし当然ちゃ当然。自分の「脚本至上主義」が改めてよく分かる。
3月のライオンと乙嫁語りも新刊出てる。ああシヤワセ。

『ダークタワー』感想


シネコンで2D字幕。

全部映像化したら30時間くらいになりそうな、相当に長い原作。その最初の方だけが手際良く95分にまとまっていた。お見事です。原作のことを1ミリも知らなくても、普通によくあるアクション・ファンタジー映画として楽しめると思う。西部劇+ハリポタ+指輪物語+ちょいSFといったかんじ(舞台は現代)。

マコノヒー好きには勿論外せない傑作。めちゃくちゃカッコいい。ずっと観ていたい。ローランド役の黒人イドリス・エルバのガンアクションがちゃんと「見たことないレベル」を実現している。そしてアメリカの神木隆之介君が主役である(そう見えるのだ)。キャスト紹介はいつもローランドと黒衣の男からだけど、この映画の主役は断然この神木君(トム・テイラー)だ。顔の演技力が素晴らしい。どうか彼が成長する前に、できるだけの続編を撮りためて欲しいと願う。

そして遙か昔に原作を読んでいる自分の感想はと言えば…最高だった。今年ベスト級、映画としてこれだけのモノに仕上げてくれるなんて予想外。思わず終わった後に「ありがとう!」と言いたくなった。この映画だけ観たら使い古された陳腐な設定に見えることだろうけど…それも含めて良し。とっつき易くなったことは間違いない。

だけどこれは、単に「素晴らしい原作をそのまま見事に映像化してくれてありがとう!」という気持ちとはちょっと違う。「今年ベスト級」とか言思っちゃうのも、裏側に色々な事情があってのことなんです。字義通りじゃない。

ということで以下はネタバレ含めた原作の話がダラダラ続きます。
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『SWITCH 是枝裕和の20年』2015


買いそびれていた2年前の特集号を取り寄せ。最近ラジオで是枝監督が話していることを聞く機会が幾度かあって、それは映画監督じゃなくBPO(放送倫理・番組向上機構)の委員長としての立場からだったりもあるのだけど、仰ることがイチイチ符に落ちて共感できるので、もっとこの人の言ってることを読んでみたいと思った。分厚い単行本に手を出す前に、『海街diary』ファンとしてこの1冊。

すげーー良かった!!!冒頭の樹木希林との対談(これは海街は殆ど関係ない)からがっつり引き込まれ、海街の4姉妹全員それぞれの個別インタビュー、4姉妹全員+監督のディスカッションと続き、どれも素晴らしい内容。斎藤工君の監督へのインタビューも実に鋭くて気持ちいい。節々に少しづつ出てくる吉田秋生先生とのやり取りの軌跡を感じるのも原作大ファンとして嬉しいポイント。

映画・海街diaryファンは絶対読んだ方が良いと思う。
だめだー盛り上がっちゃって、もうこれは豪華版BD-BOX買うしかないな。菅野よう子のサントラもすごく良いのだよね(音楽に菅野さんを推薦したのは長澤まさみさんらしいよ)。

若菜晃子『街と山のあいだ』感想

雑誌『mürren』を発行されている方がエッセイ集を出すと聞いて、すごく気になっていたのだけど忘れちゃってて。こないだ佐久間裕美子さんのトークで北書店に行った時に座った時、ちょうど目の前にあったのです。これは!と即買い。

これは「生理的に相性の良い文章」とでも言うのかな。山登りのエッセイ、でも自分は山登りはしませんが、すべてがすんなりと入ってきて、まるで自分が立山に登っているかのような臨場感。山に登る人の気持ちがとても良く分かった気がします。印象深いのは、たとえばこんな一文。

(山にでも行かないか、と誘うことについて)お互い山には行っていても、ふだんから山行をともにしていない相手に、たまには行こうかというときは、それは特別な意味をもつ。
下界ではもうどうしようもないこと、行き詰まっていること、そこから抜け出せないことも、山に行って歩くだけで変わることもあるし、山に行けば話す気になることもあるだろう。もし何も話さなかったとしても、それはそれで、一緒に山に行って歩いたということだけでいい。ただ一緒に「山に行く」という行為が、すでにもう話をしているのと同じ意味をもっている。そのことは、山に行く者同士言わずとも分かっていることである。山仲間というのはそういうものである。

(こないだ『クライマーズ・ハイ』観直して再ブーム中なこともあるしね…)
山登りは…いつか家族と行動をあまり共にしなくなった時にでも始めるのかもな。相方はまずやりそうにないし。

内容がとっても良いのは勿論、装幀も組みも章末に入るイラストも、すべてが心地良い。今年ベストの1冊かも知れない。ちなみにタイトルは『mürren』誌のキャッチコピー。

若菜晃子『街と山のあいだ(アノニマ・スタジオ)』

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1999年のWEB日記時代から始めた個人サイト。ブログ移行にあたって過去記事も抜粋してアーカイブしています。
(HTMLサイト→SereneBachブログ→WORDPRESSブログと転移)

好きな漫画(2014年版)はこの記事の最後に。

最近は(インスタ)でアップしているTV・映画感想の投稿を、半年に1回くらい一気に転載しています。

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