立花隆『脳を鍛える』

以前読んだ立花隆の「脳を鍛える」にあったのですが、20才前後の青年はよく、「正確さと言う病」にかかるんだそうです。

原典は知り合いに貸しちゃって手許にないのでちょっと間違ってるかも知れません。そう彼は立花のこの全講義を東大の知りあいに借りたテープで聴いたそうで、オレなんかより一層役に立ててる事でしょう。テープで講義を聴いて勉強できるってゆう才能は無かしっからオレには信じがたいです。話を戻して。この「正確さと言う病」にかかった青年は、何事であっても、確実に立証できる正確さが無いとその事に対して価値観を見いだせなくなります。そして自分が書く話す文章もあらゆる方面からの正確さを期し全てのツッコミに釈明できるようにしちゃうので、ついには何だか意味もないような文章になっちゃうのだそうです。

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岡田斗司夫・田中公平・山本弘『回収』

●岡田斗司夫・田中公平・山本弘対談シリーズの2弾、「回収」にこんな暴露ネタが。

岡田「そう言えば、『ガチャピン宇宙へ行く』ていうのが、2年ぐらい前に企画であったでしょう。」

田中「あ、そうなの?」

岡田「『ポンキッキーズ』で。相変わらず日本のテレビ局ね、ソ連(原文ママ)に金出して行かせるんです。で、宇宙からの中継やるつもりやったんです、ガチャピンがあの恰好で、『わー、僕は今宇宙に来てるよー!』て(笑)」

田中「誰に着させるつもりやったんかねぇ?」

岡田「それがソ連の宇宙飛行士に着させるつもりで、ぬいぐるみ荷物の所に入れてったんですよ。ところがね、打ち上げの発射ショックがすごくて、ガチャピンぺっちゃんこになって(笑)」

山本「Gで(笑)」

岡田「Gで(笑)。なんかね、ちゃんとゆわえつけへんかったらしくて(笑)。ソ連の人も『たかがぬいぐるみや、そんなん大丈夫やろ』と思うて、宇宙観測機材の間に適当に詰めといてんって。ドーン!って打ち上げて、宇宙来て広げたら、ぺっちゃんこやった。それまでフジテレビ、1ヶ月くらいかけて毎日『ポンキッキーズ』で『ガチャピン宇宙へ行く!』『宇宙へ行く!』『宇宙へ行く!』って言うてたのに、なんにもせぇへん(笑)
で、もう搭乗員発表されてるわけやん。3人しか乗られへんロケットやん。でも4人目にガチャピン乗ってて、純真な子供たちの間に『ガチャピン、どこに乗ってんや!?』っていう(笑)。『ガチャピンが映ってる時はなぜ宇宙飛行士はいつもほかの2人しか映れへんねん?』とか(笑)、もういろんな問題が出るのはわかっててんよ。』

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こりゃ信心深いヤツにゃ向かねぇ仕事だ。

日本全国で「本来のルパン」についての再認識が行われたであろう昨日。皆さんは観ましたか?「金曜ロードショー」。子供の頃観て忘れられなかった御仁はオレを含め多いと思うのです。人造人間マモーです。ルパンは明るいテンポで話している時はさほど気になりませんがシブいセリフをボソッと吐く時とかね。クリカンではやっぱこうはイカねぇよな、と古参ファンズラを決めてみたりした事でしょう。オレですが。

ルパン「夢ェ盗まれたからな。取り返しに行かにゃぁ。」

次元「夢ってのは、オンナの事か。」

ルパン「実際クラシックだよ、オマエって奴ぁ。」

大好きなシーンです。他のシリーズではまずあり得ない、次元も五右衛門もいないフィナーレへと向かう若きルパン。「カリ城」で
「俺は一人で売り出そうとやっきになってる青二才だった…」
としみじみと振り返る中年の渋みは未だ見てとれません。青二才の負けん気がこの映画には溢れています。

ルパンが「夢を盗まれた」と言うのは多分、ひたすらコケにされた悔しさの事だと思うのです。勿論不二子の事もあるのでしょうが。次元までのフェミニストではない。若きルパンはあんなふうにコケにされるのが何より許せ無かったと思うのです。自分のクローンを勝手に作り処刑され、ポリシーに反する欲しくもない永遠の命を与えるからと拉致され、睡眠薬や地震のトリックを仕掛けられる。しかも世界を破滅させ不二子と2人でやり直すと言う。自分の好きなオンナを汚い手を使い奪っていったあのとっちゃんボーヤ。

若い時期には至極マットウな「負けん気」から、ルパンはリュックを背負いマモーのアジトへと向かいます。青二才の正義感が清々しい。次元のフェミニストぶりも上の2人のやり取りもたまらなくカッコいい。シビレます。あらゆる意味でまだ若かった3人の男の生き様。ソレが一番の見ドコロだと思います。

「カリ城」がやっと評価され「風の谷のナウシカ」がヒットし始める頃、宮崎駿は「ルパンはもう死んでる。死人で映画は作りたくない」とゆう様な事をどこかで語っていました。「死んでる」というのは「時代に合わなくなってしまった」とゆう意味なのですが。この言葉をリアルタイムで聞いた時は随分ガックリしたモノでした。28歳の今になってこの「vs人造人間」を観、「カリ城」を思い起こしてやっと納得がいった気がします。ルパンは時代に取り残されたスーパーマンだ、そんな気がします。今ムリヤリ若返りさせられ(死人を起こし)この時代に付合わされてるルパンは何だか滑稽で、もう自分で自分を笑ってるんだろうなぁと、
そんな事を思いました。

「自分ライン」

—ねぇちゃんが殴られたりなんかした時、自分はどうするのかと思うじゃない?その時、殴り込むっていうのが自分が一番選ばなきゃいけない方法だと思っちゃったんだよね。警察捕まって芸人ダメんなっても、これをやんないと俺自身ダメになるっていうね。意味がなくなっていっちゃうって。–
(「SIGHT」創刊号・北野武インタビュー)

まともな(20才以上の)オトコなら「こゆ時コレをやらないようじゃ俺はもうダメだ」ってゆう確固とした「自分ライン」があって、意識するしないに関わらず常に行動の根底に流れてる事は分かって頂けると思います。ただソレは「ホントにやらなきゃいけない」のだと自分の本能がたき付ける「自分ライン」と、メディアや友人達との関わりから影響されたり刷り込まれる「一般的にはこうしなきゃいけない、のかな?」ってゆう「自分?ライン」とに分けられるハズです。ですが。その2本ある「自分ライン」を整理し自分なりに消化しキチンと30代後半・40才になるまでに1本化したい、ってのがオイラの切なる目標なのです。

これまで「自分ライン」を何回か裏切りその度にひどく落ち込んだり自分的な言い訳を一生懸命言い聞かせたり、まぁそんな良く考えたらやっぱ情けないカンジでした。オトコのバヤイは肉体の強さ(ケンカ)ってのがその「ライン」を守る際にエラく大きな影響があるのですが。経験も殆どなく体力的にも決してイバれないオイラはその「ライン」の自分なりの位置づけに今後も悩んでいく事と思うのです。精神的な「ライン」はもうそろそろ確固とした位置づけができそうです。この「精神的ライン」がついに確固たる位置まで登りつめたその暁には、肉体的な問題もある程度解決できるのでは、と。そう思っているのです。まだ自分の経験していない結婚とゆうイベントをこなしその後ガキでも出来たときに今の「ライン」はどう変わるのかあるいは変わらないのか、ある意味楽しみにしています。もちろん「ライン」が確定した後だって成長は続くのですしあらゆる影響は取り入れ自分の血肉としていくことと思います。そればっかしのヒトですから。「ライン」とはこれから死ぬまでその増え続ける血肉を受け入れる土台、基盤の事なのだと思ってます。

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